理想の急須に出合うために。使う人・作る人に聞いた選び方のヒント

お茶をおいしく淹れるために欠かせない道具・急須。そんな急須に惚れ込んだ2人がいます。使う人と作る人、彼らが追求するそれは機能性と美しさを兼ね備え、デザインには意味があるといいます。2人の話には理想の急須を選ぶヒントが散りばめられていました。

急須を入れる画像

【使う人】多くの職人技を見てきた彼女の急須選びのポイントとは?

急須を語る奥村さん

京都御苑のすぐ東にあるティールーム「冬夏(とうか)」とギャラリー「日日(にちにち)」。築100年近い日本家屋には、ドイツ出身のオーナーのエルマー・ヴァインマイヤーさんと妻の奥村文絵(ふみえ)さんが厳選した、職人の手仕事による機能性と美しさを兼ね備えた道具が並びます。そんななか、さまざまな職人や道具を見てきた夫妻が惚れ込み、ティールームはもちろん、プライベートでも使っているという急須は、長野県の作陶家・森岡光男さんのものでした。

「私は磁器より陶器の急須がおすすめ。長い時間をかけてお茶や水が染み込んでいく……。そうやって育てていくのも愉しみの1つです」

多くのよい道具を見てきた確かな目を持つ彼女が惚れ込んだ急須のよさについて教えてもらいました。

作陶家・森岡光男さんの急須

職人の手仕事による、機能性と美しさを兼ねた道具に惹かれるという奥村さん。森岡さん作の急須を見せてくれました。包み込むように大切に持つ急須は、そのどちらも併せ持つといいます。

彼女が考えるよい急須の条件は、まず水切れのよさ。お茶を注いだとき、垂れずに美しい曲線を描きながら最後の一滴までおいしく淹れられるものがよいと言います。そのため、買い付けに行くと実際に水を入れて水切れのよさを確認することは必須だとか。

次に、手に持ったときのフィット感、軽さと頑丈さ、洗いやすさといった機能性を重視します。

作陶家・森岡光男さんの急須

そして、もちろん見た目の美しさも大事。

「材料は同じ土でも、窯のなかの場所によって焼きあがりが1つひとつ異なります。余分なものが加わっていない豊かな自然の姿だから飽きず、使うたびに発見があるのです」と奥村さん。

森岡さんの急須の特長は、釉薬を使わずに土の風合いを生かした焼締めの表情と、取っ手と注ぎ口が胴体から伸びているかのような丸みを帯びたフォルム。ついつい撫でたくなるような美しさが魅力的です。

「急須はつくるのに高度な技術を要する道具。美しさと機能性、どちらも兼ね備えた森岡さんのお仕事にはいつも敬服させられています」

お茶をおいしく淹れるのに身近な道具・急須の、その奥深さを教えてもらいました。

冬夏店内

TEAROOM/GALLERY
冬夏/日日 [神宮丸太町]

住所◉京都市上京区信富町298
電話◉075-254-7533
営業◉10:00~18:00(L.O.17:30)
火曜日定休
https://www.tokaseisei.com
https://www.nichinichi.com

奥村さんが厳選した急須はGALLERY日日にて購入可能。(急須/18,000円~)直接同店へお問合せください。

 

その急須のふるさと・北アルプスでしか生まれない土の秘密に出合う

長野県北安曇郡

さまざまな道具に触れ、よりよいものを提供する奥村文絵さん。そんな彼女を魅了した、機能性と美しさを兼ね備えた急須がどのようにして生まれるのかを知りたくて、向かったのは長野県北安曇(きたあづみ)郡。深く長い冬を感じさせる北アルプスが眼前に広がるこの地に、その急須のふるさとはあります。

豪雪地帯から移築した工房を訪れると、作陶家・森岡光男さんとその奥様が温かく出迎えてくれました。

神奈川県生まれの森岡さんが現在の地に窯を築いたのは2000年のこと。23歳で鎌倉の陶芸窯で学んだのち、萩焼、備前焼、沖縄の窯元と、各地で修行を重ねてきました。岡山県の備前市で独立し、その後もアメリカやヨーロッパ各地で見聞を広め、帰国後に長野県へ移住しました。

森岡さんの工房

森岡さんの急須づくりに欠かせない土は、地元・長野県は松本の粘土を使っています。松本は、古くから焼き物が盛んで、窯趾(かまあと)や縄文中期の土器がよく見つかっています。日本の工芸の原点である縄文土器。そのかけらになってもなお、生き生きとした力強さに憧れ、惹かれるようにして今の場所に窯を築いたといいます。

しかし、産出される粘土は小石などの混ざりものも多く、取り除く作業を繰り返さなければなりません。また、収縮が大きく、扱い難いのだとか。なぜそんな粘土をわざわざ使うのか聞いてみると、「地元の土を使うのが工芸の基本。それにいい色が出るから気に入っているんですよ」と森岡さん。

奥村さんを魅了した急須の美しい自然の風合い。それを生み出す元となる粘土は、北アルプスに降り注いだ雪や雨が染み込んだこの土地だからこそ、生み出せる美しさだと知りました。

【作る人】作陶歴50年以上、機能美のための工夫と技

森岡光男さん

次に森岡さんが案内してくれたのは、敷地の奥にある作業場。薪ストーブのやさしい暖かさに包まれています。北アルプスを目の前にしたろくろに向かえば、いよいよ急須づくりが始まります。

28歳で岡山県で独立したときから愛用しているという「蹴りろくろ」を使って作陶します。見る見る間に粘土の塊が器の形になっていくさまは、まるで魔法のよう。圧倒されます。

急須の形

湯呑みや皿は一度のろくろひきで形をつくれますが、急須は胴体、蓋、注ぎ口、取っ手の4つのパーツをろくろでひき、それを組合せて形をつくる複雑な構造。他の焼きものよりも手間と時間がかかるため、つくらない陶芸家もいるほどです。森岡さんは備前焼での修行時代に急須や宝瓶を専門とする係だったことがきっかけで急須づくりに魅了されました。

「当時の買取価格は湯呑みだと1つ5円のところ、急須は250円。だけど、その分時間も手間もかかる。湯呑みは1日500個つくれるけど、急須は1週間に60個が精一杯。大変ではありましたね」と、森岡さん。その頃に培った技術が今につながっているといいます。

「急須はあくまで〇〇」作陶家が追求した、究極の急須の条件

角度を調整する森岡さん

森岡さんの急須は、注ぎ口と取っ手の間を90度よりやや狭く取り付けます。これは「持ちやすくお茶を注ぎやすくするため」の工夫です。胴体をできるだけ薄くつくるのは、お湯を入れても重たくなりすぎないように。胴体の穴の大きさや注ぎ口の内側をきれいになめすのは、お茶がスムーズに出るように……と、工程のすべてが「お茶を淹れるため」のよりよい機能性に繋がっています。

「よく“急須づくりのこだわりは”と聞かれますが、どの工程もお茶を淹れる使い勝手のためにしている“当たり前”のことで“こだわり”ではないです」

注ぎ口全体と先端を何度も指や筆でなめし、角度を調整する森岡さん。そう、この工程こそが、奥村さんが最も重要視している水切れのよさを生んでいるのです。お茶を注いだときに垂れない水切れのよい角度にするのが1番難しいといいます。

急須を焼く

丁寧に形づくられた急須は、高温で約1週間かけて焼いていきます。

「高温で長い時間をかけて焼くと、いい“顔”になるんですよ」と森岡さんは笑います。

森岡さんの急須は釉薬を使いません。窯の中で舞う薪の灰が急須にかかり、それがまた焼け溶けて、自然と色がつきます。そのため、同じときに焼いた急須でも、灰のかかり方や土そのものの色の出方などによってその風合いはさまざま。自然だから生むことができる美しさがそこにはありました。

語る森岡さん

森岡さんによい急須とは何かを尋ねました。すると「急須はあくまで日用品。使ってこそに意味があり、だからこそ使い勝手のよさを大切にします。その先に美しさがあるのです」と答えてくれました。

例えば、胴体と注ぎ口が一体となって丸みを帯びた美しいフォルムは手に馴染みやすくするためであり、少し潰した愛嬌のある蓋の取っ手は持ちやすくするための工夫です。

毎日の生活のなかにあって「当たり前」として違和感なく使えるものは機能性が優れたものであり、そうした日々の暮らしに寄り添うものを追求した先に美しさが宿ると森岡さんは考えます。

機能性と美しさ、そして……。理想の急須選びの共通点は?

急須と湯飲み

「使う人」・奥村さんは、第一に水切れのよさが大事だといい、持ちやすさや軽さと頑丈さ、洗いやすさという「機能性」を重視します。それと同時に見た目の「美しさ」も重要です。毎日使うたびに新しい発見のある、飽きないデザインが好みだと教えてくれました。

「作る人」・森岡さんは、「使い勝手」のよいものがすぐれているといいます。そのために製作工程のすべてに「お茶をおいしく淹れるため」の工夫が施されていました。そうした機能性のよさの先に美しさがあるとか。まさに機能美の究極が急須という道具なのだと感じました。

さらに、2人が考えるよい急須には共通点がありました。それは「お茶とともにある日々の暮らしに寄り添いたい」という想いです。あなたの毎日に寄り添う、理想の急須選びの参考になればと思います。

(写真 福尾行洋、平林岳志)

planmake_niimi

取材・文=新見麻由子
にいみまゆこ●月刊『茶の間」編集部員。徳島県出身、歴史や文化、レトロなものに憧れて京都へ。休みの日は、散歩や自宅でお茶を片手に本を読みながらまったり過ごしたい。季節を感じる和菓子やお花に興味がでてきた今日この頃。