日本人でも合格率約30%。超難関の試験を突破し、数少ない外国人日本茶インストラクターとして、国内外でお茶の魅力を伝えるブレケル・オスカルさん。「恋」をしたと言うほど、日本茶を想うブレケルさんに、その魅力や可能性について伺いました。
スウェーデン人のブレケルさんが日本茶インストラクターになったのはなぜ?
「お茶のことなら、いくらでも語れますよ」
白い肌、端正な顔立ち、上質なジャケットを着こなすブレケル・オスカルさん。その青い瞳はまさに、好きな人について語るときの熱っぽい目つきそのもの。ブレケルさんはいつも、自らの日本茶に対する感情を「恋」と表現しています。
「お茶と初めて出合ったのは高校生のとき。興味が湧いていた日本文化への入口のつもりで飲んでみたんです。旨みや渋み、新芽を思わせる爽快な香りの虜(とりこ)になるのに、長い時間はかかりませんでした」
ほどなくして、日本茶のことをもっと知りたいと初来日。その後、日本茶インストラクターの存在を知り、「お茶に関わる仕事がしたい」と思い始めます。
「まるでワインのソムリエのようだと思いました。その“お茶版”に、スウェーデン人として初めてなれるんじゃないかとワクワクしたんです」
資格取得までの道のりは険しいものでした。テキストは600ページにものぼり、英語版はなく、「揉捻(じゅうねん)」や「売茶翁(ばいさおう)」といった難しい漢字ばかり。日本人でも合格率約30%という難関に、ブレケルさんも不合格を経験。それでもあきらめず、2014年に晴れて合格するまで、日本で働きながら挑戦を続けたそうです。さらに、資格取得後も、静岡で茶業の修行をしたり、全国の茶農家に足を運んだりと、さまざまな努力を積んできたというブレケルさん。どうしてそこまでできたのでしょう?
「やっぱり急須で淹れたお茶が一番おいしい。そしてお茶は奥深い。そのことに気づいていない人が、まだまだたくさんいるからです。イベントで私が思うお茶の魅力を伝えて、飲んでもらうと、皆さん本当に喜んでくださるんですよ。いい笑顔を見ることが、今のやりがいになっています」
魅力発信のために習得したという流ちょうな日本語が、日本茶に対する愛情のなによりの証。話しながら、ブレケルさんはおもむろに愛用の茶器を出し、お茶を淹れてくださいました。
おいしいお茶を淹れる秘訣は、急須にあり!?
静かに、じっくりと待ってから、お茶を湯呑に注ぐブレケルさん。その一連の動きには、思わず見入ってしまう美しさがあります。
「急須も大好きで、お気に入りはこの常滑焼(とこなめやき)の平型(ひらがた)急須です。平たい形に沿って均一に広がった茶葉が、お湯にまんべんなく浸るので、旨みや香りがほどよく浸出できるんです。素材は陶器と磁器の中間的な“炻器(せっき)”がおすすめですね。渋みの元になるカテキンが急須の内側にある程度吸着し、まろやかで雑味が少なくおいしいお茶になるんですよ」
飲むと優しい口あたりで、旨みや渋みが適度にあり、香りも爽やか。ふとため息が漏れるようなおいしさです。続いて、二煎目を淹れる前に、ブレケルさんは筒状の道具を見せてくれました。
「“蓋置(ふたお)き”です。二煎目、三煎目と楽しむとき、お茶を注ぎきったら蓋を外してみてください。実は、急須の中でこもった蒸気によって味の成分がにじみ出したり、香りが失われてしまうものなんです。茶葉を外気に触れさせて、それを防いであげれば、最後までおいしいお茶が味わえますよ」
蓋のテーブルへの直置(じかお)きも間違いではないけれど、道具を大切にしたり、こだわったりすれば、日本茶の楽しみはもっと広がる。ブレケルさんはそう信じています。
「急須はコストパフォーマンスが本当に高いですね。蓋や本体、取っ手、注ぎ口、茶こし。パーツ全てが優れていないと成り立ちません」
日用品でありながら機能性・デザイン性がともに優れていて、割れなければ半永久的に使える。日本の職人の技術や土の質がこんなに高いのに、値段が数千円から数万円というのは安すぎると、ブレケルさんは続けます。
「お茶自体も同じです。三煎目まで楽しめたり、水や湯の温度、抽出時間を工夫してさまざまな味を引き出せたり。どちらも、同じ嗜好品である紅茶やワインにはない魅力です」
お茶の文化を、日本人はもっと誇りに思ってほしい。そう願い続けるブレケルさんですが、実は最近、ある「希望」が芽生えてきたといいます。
若者が日本茶を救う!? ブレケルさんが考える 日本茶の未来とは?
日本の若い世代の急須茶離れが叫ばれる昨今。ですがブレケルさんは、むしろ彼らは日本茶のよさに気づき始めていると期待を膨らませます。
「急須でお茶を淹れる習慣がない環境で育ってきた若い人たちからは、むしろ非日常的で新しい文化として受け入れられ始めています。海外でも、お年を召された方は日本茶を“fishy(魚味がする)”と敬遠しがちですが、sushi屋が身近にある環境で育った若い人たちにとっては、お茶を好きになれる土台ができています」
次世代の人々を中心に、打てば響く可能性に満ちた現代に生まれて、日本に来られてよかったというブレケルさん。日本には海外から求められているものを伝え、海外には日本茶の魅力を伝えられるような“橋渡し役”でありたいと言います。
「伝えたいお茶の魅力は、たくさんあります。たとえば、リラックス効果で癒されると同時に、カフェインで覚醒の作用も得られる飲み物は、お茶くらいのものです。あるいは旨みや甘み、渋み、苦み、香りの五つの要素を淹れ方で調節できる、“淹れ幅”の柔軟性は本当にすごい」
国内の試飲会で紹介すると、日本人でも多くの方が驚くそうです。
「世界からは、今、そんな“本物のお茶”が求められていると感じます。たとえば講習会では、手軽な粉末のお茶よりも急須で淹れたほうが喜ばれますし、日本独自の横手(よこて)の急須はすごく興味を持たれるんです。日本がそういうお茶文化の魅力を再発見し、丸ごと世界へ発信すれば、今後、日本茶の需要はもっと伸びていくでしょうね」
そのためにできることは、まだまだある。好きな人には、いろいろしてあげたくなるでしょう、とほほえむブレケルさん。味わいだけでなく、文化や歴史、つくり手の存在といった奥ゆき。そこにある「面白さ」こそ、お茶を次世代に残す、大きな可能性だとブレケルさんは言います。日本茶で、一人でも多くの人生を豊かに、幸せにしたい。ブレケルさんの熱い想いからは、もはや恋心というよりも、確かな、深い愛情が伝わってきました。
Oscar Brekell
1985年スウェーデン生まれ。学生時代に日本茶に魅せられ、2010年、岐阜大学に留学。その後は日本企業勤めを経験し、2014年に日本茶インストラクターの資格を取得。静岡県茶業研究センターの研修生などを経て2018年独立、現在は“日本茶の伝道師”として普及に努めている。
ブレケルさんの活動など、最新情報はHPへ
https://www.brekell.com
ブレケルさんは、今日も世界を飛び回り、日本茶を人々に広め続けています。
知って淹れると、お茶はもっとおいしくなる。
スウェーデン人のブレケルさんに、日本茶の奥深さを教えられ、日本人として誇らしい気持ちになったと同時に、身の引き締まる思いもしました。
日本茶のプロを目指したい方には、日本茶インストラクターがおすすめですが、日本茶に興味がある方は、まずは初級編の日本茶アドバイザーに挑戦してみてはいかがでしょう?
(取材・文 玉井雄大/写真 片桐圭)
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企画・構成=大村沙耶
おおむらさや●月刊『茶の間」編集部員。福岡県北九州市出身。学生時代は剣道に打ち込み、京都に住み始めてから茶道と着付けを習い始める。ミーハーだけど、伝統文化と自然を愛する超ポジティブ人間。