玉露づくりに欠かせない“こも”って何? 伝説のこも職人が京都に!

普段飲んでいる抹茶や玉露ができるまでには、どんな人たちが関わっているのでしょう?京都府城陽市で伝統的な「こも」を手作業で編む古川美子さんもその一人。こも編みの第一人者で、70年以上にわたって携わる数少ない職人、美子さんにお話を伺いました。

古川美子さん
かわいらしい笑顔が素敵な古川美子さん。

木漏れ日のような光と適温、適湿をもたらす「こも」

こも
茶園に覆いをかけ遮光する「被覆栽培」で育てられる玉露の新芽。

おいしい緑茶を育てるためには、さまざまな栽培方法があります。一つは日光を浴びさせて育てる「露天(ろてん)栽培」、もう一つは太陽の光を遮る「被覆(ひふく)栽培」。それぞれに特長があり、この栽培方法によってお茶の味わいが大きく変わります。

太陽の光を存分に浴びさせる「露天栽培」では、爽やかな香りが最大の特長の煎茶がつくられます。

一方、光を遮る「被覆栽培」では、玉露やかぶせ茶などがつくられます。茶園に覆いをかけ、遮光して育てることで、お茶の旨み成分であるテアニンが日光に当たってカテキンに変わるのを抑えて、茶葉にしっかり旨みを蓄えさせるのです。

抹茶の原料である碾茶(てんちゃ)も玉露と同じように被覆栽培で育てられます。大変手間のかかる方法ですが、露天栽培にはない豊かな甘みや旨みが生まれます。その被覆のために、昔から使われてきたのが「こも」です。

こも
茶園の上に掛けられている覆いが「こも」。時期に応じてこもの掛け方を変える。4月中旬頃は「筋がけ」といって、霜の害を防ぎながら新芽を育てるため適度に日光も当てる。その後、茶畑全体に本掛けをする。「チラチラ日」といわれる、ちらほらと木漏れ日のような光が茶の木には最もよいとされ、藁のこもから漏れる光は最適だという。

母から教わった技術で、こも編み職人歴70年以上

碾茶の生産が盛んな京都府城陽市。この地で被覆栽培に用いられる伝統的なこもづくりの技を守る古川美子さんを訪ねました。

美子さんは京都府和束(わづか)町の出身。実家では炭俵(すみだわら)のこもをつくっていたそうで、お母さんからその技術を教えてもらいました。

「炭俵のこもも、茶園に掛けるこもも、つくり方は同じなんですよ」とにっこり。

昔は冬の農閑期に、この地域の女性たちは茶畑に掛けるこもを編んだそうですが、今ではその技術を守るのは美子さんだけです。

「寒冷紗(かんれいしゃ)というナイロンのシートが普及してからは、こもを使う茶農家は激減してしまいました。うちの茶園でもごく一部の茶畑にこもを使っているだけです」と息子の与志次(よしつぐ)さん。

古川美子さん
黙々と手を動かす美子さん。

こもの1枚の大きさは、大体幅1メートル、長さ5メートルほど。茶園には450枚以上のこもを掛けますが、全体に掛けるために家族総出でも数日かかります。大変な手間ですが、藁のこもは遮光に優れ、茶園に木漏れ日のような光をもたらします。さらに茶の木の大敵である霜を防いで最適な温湿度を保ちます。このようにしてこもの下で育つ茶葉は甘みが強く、香りよく、ふわりと藁のような芳香を感じることもあるそう。

すべてはおいしいお茶づくりのために欠かせないことなのです。

茶葉
大変な手間がかかって玉露はできあがる。

自宅の田んぼのもち米の藁が材料、こも編みの伝統の技

450枚ほどあるこもの3分の1、約150枚近くを毎年新調しますが、それを美子さんが一人でつくります。

美子さんの前にある道具台は「こやしまた」というもの。藁を7〜8本、重ねては、このこやしまたの台にのせ、「ツチノコ」と呼ばれる重りを前後に交差させて締め、また藁をのせて…という作業を黙々と続けていきます。作業をするのは12月頃から3月頃まで。厳しい冬場に、朝9時から夕方の5時頃まで、毎日毎日、作業場に座ってこもづくりに精を出すそうです。

こもづくりで難しいのは、4箇所の重りを交差させて、藁の束を締める作業です。

「ゆる過ぎず、締めすぎず、均等に締めるのが難しいんです。それと、藁を丁寧に束ねるのも大事ですね」

美子さんが手を動かすごとに少しずつ、編み上がっていくこもは、締めるときに交差させる黒い紐が、まっすぐ伸びているのがわかります。

こも
藁を7~8本ほど束ねて、「こやしまた」という台の印のところに合せて載せ、四箇所に掛けられた重り「ツチノコ」を交差させて、きゅっと締める。この締め加減が難しく熟練の技を要する。ひと束ごとにしっかりと締めて、こもが編み上がっていく。一日で完成できるのは2枚ほど。3月ごろまで作業は続く。

こもづくりに使う藁は、古川さんの田んぼのもち米の藁。長く、しなやかで、こもを編むのに適しているといいます。秋にもち米の稲穂を刈り取った後、天日干しにしたものを使います。自給自足で藁までをも無駄にしない、昔の人の深い知恵を感じさせます。

「藁はね、触っていると暖かくなってきて、冬場でも全然苦になりません。手を動かした分だけ、ちゃんと仕上がっていくのも嬉しいです」

こも
藁ばさという土台に掛けて、天日干しをする。美子さんが編むこもの素材は、もち米の藁。長く、柔らかで編むのに適している。

取材中、近所の茶摘みを手伝ってくれる女性たちが、美子さんの作業場を覗きにきてくれました。

「うちのおばあちゃんご自慢の“サロン・ド・ヨシコ”です(笑)」と孫の真章(まさあき)さん。真章さんも家業を継ぎ、三代でお茶に携わっています。

みんなでお茶やお菓子を持ち込んで、賑やかにおしゃべりするひとときを美子さんも楽しみにしているそうです。

与志次さんの奥さんの正子さんと真章さんの奥さんの直美さんが、美子さんからこも編みを習って技術を継いでいくのだそう。お茶文化を支える大切な技の一つは、こうして守られていくのです。

こも
完成したこも。実際に使うときは2枚を縦につないで使うので、かなりの重さになるという。
美子さんのつくるこもは3年は持つそうで、毎年、1/3ずつ新調する。
お茶

「おいしいお茶のために」という思いで、70年以上にわたってこもを編み続ける美子さんは、まさにお茶づくりにおける縁の下の力持ちと言えますね。一杯のお茶に、よりありがたみを感じながらお茶時間を楽しんでみてはいかがでしょうか。

(取材・文 郡麻江/写真 杉本幸輔)

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取材・文=前田尚規
まえだなおき●月刊『茶の間」編集部員。3児の父。編集部内でのお茶博士(決して日本茶インストラクターではない)。その薄い知識をひけらかし、ブイブイ言わしているとかいないとか。休日に子どもたちと戯れるのが唯一の楽しみ。