伝統を重ねて500年!抹茶の必需品・ 茶筅を手作りする茶筅師の元へ

今、世界中で大ブームとなっている抹茶ですが、抹茶を点てるために欠かせない道具といえば「茶筅」です。その茶筅の一大産地である奈良県生駒市高山町で、500年にわたって代々茶筅を手作りする谷村家を訪れ、当代の谷村丹後さんにお話を伺いました。

k_majsa

茶筅づくりの聖地・奈良県高山町で500年続く谷村家

緑深き竹林と田園が広がる奈良・高山(たかやま)の地。500年前、村田珠光が創案した茶筅づくりの技を鷹山城主の家臣が受け継ぎ、鷹山家が没落して地名が高山に変わったのちもこの里の人々によって脈々と受け継がれてきました。

現在、この地に残る茶筅づくりの18軒。国内で茶筅づくりをする貴重な一軒が、ここ谷村家です。谷村丹後さんの「丹後」という名は、徳川将軍御用達の茶筅師として賜ったもの。今は20代の丹後氏が当主として、一子相伝の技を守り、裏千家お家元、武者小路千家お家元へのお出入りをはじめ、表千家、山田宗徧流(やまだそうへんりゅう)、藪内流、石州流(せきしゅうりゅう)、遠州流など各流派お好みの茶筅をつくり、納めています。

茶筅
左から表千家好み、裏千家好み、そして武者小路千家好みの茶筅。ひと言で茶筅といっても、素材の竹や穂の形など、さまざまな種類がある。

よい茶筅づくりに必要な素材とは?

工房には多種多様な色合いや形を持つ茶筅がずらりと並んでいます。まず、茶筅に使う竹にはどんな種類があるのでしょうか。

「よい茶筅をつくるには、まず材料となるよい竹が必要です。茶筅に最適なよい竹とは、まっすぐで硬い竹が向いています。茶筅の材料になるのは4種の竹で、まず白竹(しらたけ)(淡竹/はちく)。この竹はとてもしなやかで、縦に繊維がたくさん通っていて、細かく割る作業に向いています。次に、築100年以上の茅葺(かやぶき)の家などで囲炉裏にいぶされてできる煤竹(すすたけ)があります。煤竹は表千家だけが使われますが、独特の情趣ある景色が生まれて、非常に美しいですね。そして、もともと自然に黒い色になる黒竹。これは武者小路千家をはじめ3つの流派で使われます。白竹に比べて粘りがあって、抹茶を点てやすいといわれています。最後に青竹。鮮やかな緑の美しさが好まれます」

竹は伐採してすぐに使えるものではありません。11月〜1月の寒い時期に山に入って竹を切ります。茶筅に向いているのは2、3年目の竹。それを見分けるのは経験しかないそうです。それだけでは足りないので、信頼のおける目利きの職人さんにも頼んで、最適な竹をまず入手します。その竹をお湯で炊いて、油抜きをし、冬の間、田んぼに円錐状に立てて、冬の陽光のもとで天日乾燥させます。その後、倉庫で2年ほど寝かせてようやく使えるものになるのだとか。谷村さんはこれらの竹のそれぞれの特徴を見きわめつつ、各流派好みの茶筅をつくっていきます。

竹の種類
左から白竹(淡竹)、苦竹、煤竹、黒竹。景色(見た目の風情、美しさ)だけでなく、しなやかさや粘りなど特性も異なる。

一本一本、人の手と指の感覚を駆使して作られる

茶筅づくりの工程は、大きく7つに分かれます。茶筅の寸法に竹を切り、上半分の表皮を削り、まず16片に割って内側の身の部分を切る「片木(へぎ)」。茶道の流派や種類ごとに決まりごとに沿って穂(茶筅の先端部分)の数に割る「小割」。流派ごとのスタイルに合せて削り方の特長を出す「味削り」。外穂(外側の穂)の面取りをする「面取」、外穂を引き上げて糸がかりをする「下編み」、さらに糸がかりを重ねる「上編み」、そして最後に穂先の感覚や凹凸を整える「仕上げ」を経て、ようやく1本の茶筅が完成します。そのすべての作業に一切機械を使わず、人の手と指の感覚を駆使してつくられます。これを指頭(しとう)芸術ともいうそうです。

片木
竹の筒を16片に割る「片木」の作業。

「すべての工程を一人でするとなると、一人前になるまでに途方もない時間がかかります。そのため茶筅づくりは古くから分業で行なわれてきました。うちにも専門の職人さんが何人も手伝いに来てくれていますが、当主は修業を怠らず、一通りのことはできるようにしています」

谷村さんがおもに担うのは、最も重要な「味削り」の工程です。穂先を細やかに削り、各流派が求める完璧なかたちを追求する作業で、茶の味、点て加減などがすべて「味削り」の技によって決まるといっても過言ではありません。

「それまではすべて“割る”作業ですが、味削りで初めて“削る”作業になります。1ミリ以下の薄さを求めてせめぎ合う工程で、まさしく茶筅づくりの生命線です」

味削り
穂先を削り、茶筅の個性を出していく「味削り」。

穂先を薄く削ることでしなやかな弾力が生まれ、この弾力ある穂先が茶碗に当たったとき、クッションになり、ダマにならず、滑らかで繊細な味わいの抹茶を点てることが可能になるのだとか。また一本一本の穂を面取りをすることで、全体が美しい流線型になり、茶筅のスムーズな動きが生まれるそうです。茶筅とは非常に計算し尽くされた道具だと、思わずため息が漏れます。

茶筅
左/穂先の調子を整える「仕上げ」。 右/できあがった茶筅の弾力を確認する。
静かな工房で穂先の調子を整える「仕上げ」の作業をする谷村丹後さん。
静かな工房で穂先の調子を整える「仕上げ」の作業をする谷村丹後さん。

毎朝抹茶を点ててゆっくり飲むひとときが幸せです

茶筅づくりの難しい点は、しなやかさと丈夫さという相反するものを併せ持つことを目指す点だといいます。

どれがベストバランスかというのは、経験則しかないので、自分でつくったものを自分で使って試すことを何度も繰り返して、ようやく納得するものができるのだそうです。

「お家元や流派の先生方に褒めてもらったときは本当にうれしいですし、逆にお叱りを受けたときは、真摯(しんし)に受け止めて次の仕事に生かしていく。そういうキャッチボールができることは幸せだと思います」

谷村さんは、自身の技の確認と向上のために、今も、毎朝、自分がつくった茶筅で抹茶を点ててゆっくり飲むことを習慣にしているそうです。

「朝抹茶と称して、皆さんにもぜひ試して欲しいですね。コーヒーもいいですが、朝に抹茶を点てていただくひとときは、とてもリフレッシュできるんですよ。お稽古をしていないからとか、抹茶って難しそうとか思われずに、ぜひ気楽に朝抹茶を楽しんでみてください」

谷村丹後さん
「茶道人口も減りつつあり、ひと昔前の花嫁修行のためにお茶のお稽古をするという習慣も、今はほとんど見られなくなりました。まずは身近に抹茶に親しみ、そのうちに興味が湧いてくればお稽古をはじめる。そんな茶道との出会いがあってもよいのかもしれませんね」

抹茶にもっと親しんでもらおうと、茶筅にかける糸の色をさまざまに楽しめる色糸シリーズを考案したのは数年前のこと。海外の方が抹茶を楽しむときに合せて、国旗のカラーを使ったり、ギフト用に相手の方の好みの色糸で仕上げるなど、国内外で人気が高まってきています。

「うちの工房の見学ツアーを、オンラインで楽しんでいただけないかと、今、模索中です」

茶の道具をつくる立場だからこそできることがある。谷村さんの新たなチャレンジは、まだまだこれからも続いていきます。

お抹茶点てる

谷村さんは「茶筅は点前の中で最も動く道具。しなやかさと丈夫さをいかに併せ持たせるかが、茶筅師の使命」とも語ります。すべてはおいしい抹茶を点てるために。職人としての心意気がひしひしと伝わってきました。

(取材・文 郡麻江/写真 福尾行洋)

 

planmake_maeda

企画・構成=前田尚規
まえだなおき●月刊『茶の間」編集部員。3児の父。編集部内でのお茶博士(決して日本茶インストラクターではない)。その薄い知識をひけらかし、ブイブイ言わしているとかいないとか。休日に子どもたちと戯れるのが唯一の楽しみ。