宇治茶を支える若き研究者に聞く、 日本茶最新事情

京都の特産物である宇治茶に関わるさまざまなテーマで研究開発に取り組む「京都府農林水産技術センター農林センター茶業研究所」(以下、茶業研究所)。ここで日々お茶に向き合っている3人の研究者に、日本茶の今とこれからについて、新茶の季節にお聞きしました。

 

あらゆる日本茶が揃っています

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宇治茶研究の歴史ある最前線基地

宇治市街から程近い場所にある、里山の風景が広がる宇治・白川の地。豊かな自然に囲まれたこの地に、1919年(大正8)に設立された茶業研究所はあります。ここには茶新商品開発や茶機能性成分分析などを行なうオープンラボや、京都府指定無形民俗文化財に指定されている「宇治茶手揉み製茶技術」による手揉みができる手揉み室、茶葉の審査室などがあります。また周囲には試験茶園が広がり、宇治茶に関するあらゆることを研究する施設としての機能を備えています。そしてお茶をこよなく愛する専門家が、日々、よりおいしいお茶づくりや、お茶の機能性を生かした新商品の開発支援、宇治茶の価値や魅力の発信、担い手の育成などに役立つ研究に取り組んでいます。

茶業研究所
2018年(平成30)に新しく生まれ変わった建物は、全て京都府内の木材を使い、穏やかでナチュラルな空気が流れている。

経験や感覚だけでなく、最新システムで製茶工程をサポート

需要創出支援担当の増田博亮さんは主に、摘み取った茶葉を荒茶にまで仕上げる製茶工程のシステムについて研究をしています。ズバリ、テーマは『お茶の生葉と製茶工程の関係』。茶農家は茶摘みの後、収穫したお茶の葉を触った感覚で、硬さや水分量などを予測します。その予測に沿って、蒸し、揉み、乾燥における時間や温度帯など、その茶葉に最適な数値を判断します。

「今までこの判断には経験と熟練の技が必要でした。ここで判断を誤ると、1年かけて育ててきた茶葉を台なしにしてしまうんです。それをうまく科学やデータでシステム化すれば、経験が少ない人でも適切な製茶工程でおいしいお茶がつくれるようになるので、後継者問題の解決にもつながると思います。一方でシステム化にも限界はあります。このシステムを用いると、おいしいお茶をつくることができるようになると思いますが、最高品質のお茶をつくることは難しいと思います。そこはやはり熟練の技が必要で、それこそが宇治茶がトップブランドである理由なんだと思います」

増田さん
お茶の葉と製茶工程を的確につなぐシステム開発を手がける増田さん。データをコツコツと積み上げるのも大切な仕事。

環境にもやさしい時代に即した新たな機器の開発

需要創出支援担当の馬場奈央登さんは、抹茶の原料である碾茶(てんちゃ)を乾燥させる『新型碾茶機』の開発を担当しています。今、全国で使われている碾茶機は、およそ100年前にここ宇治で開発されたもの。以来、ずっと同じ機械が使われてきました。しかし、100年前の機械だけあって、レンガ造りで大きく、エネルギー効率が悪く、重油を燃料とすることによるCO2排出が問題でした。レンガ造りの機械では、対流熱と輻射(ふくしゃ)熱という二種類の熱が生み出され、この熱によってお茶の色や香りにすぐれた碾茶に仕上がります。その機械の原理のよさはそのままに、クリーンエネルギー化とコンパクト化を実現することが長年の課題でした。

「今年、民間企業と共同開発した遠赤外線ヒーターを熱源とする新型碾茶機が完成し、それがようやく日の目を見ることになります。長年の研究の集大成の年に、自分が関われるというのは本当に幸せなことですが、責任も重大ですね」

馬場さん
「30年越しの研究成果である『新型碾茶機』のデビューをしっかりサポートしたい」と話す馬場さん。

茶農家と協力して参画する新たな取り組み

「僕が取り組んでいるのは、ちょっと長いんですが(笑)、『中山間傾斜地茶園における高品質碾茶の省力生産体系の実証』というものです」と技術革新担当の下司純也さん。茶農家の高齢化や後継者不足などお茶づくりの現場の環境改善のために、国が推進している『スマート農業実証プロジェクト』に、茶業研究所と茶農家が協力して参画することになり、下司さんがそのプロジェクトを担当しています。

「スマート農業とは、人の手が主体だったお茶をはじめとした農業の現場に、ロボットやAI、IoT(※)などの先端技術を取り入れることです」

宇治茶や碾茶の屈指の生産地である京都府南山城村では、村内の99%の茶園が山の傾斜地にあります。高品質なお茶をつくるためには、日々、傾斜地の茶畑を回る丁寧な栽培管理が欠かせません。また、茶摘みの季節の直前、花冷えの頃に、茶葉の大敵である霜の被害を受けることがあります。茶農家は茶畑に覆いをかけたり、防霜ファンを回したり、霜対策に追われます。このような厳しい仕事環境を改善し、省力化を図って生産効率をアップさせるのが、その目的です。

※「モノのインターネット」と呼ばれ、さまざまなモノをインターネットに接続・連携させる技術。

下司さん
「宇治茶の未来を見据えて、スマート農業を推進しています」と話す下司さん。

スマート化でお茶づくりを未来に続く産業へ

下司さんが主に取り組んでいるのは、①気象データと連動して、畑ごとの気温や霜の予測、お茶の摘採適期、病害虫の発生などの予測データをタブレットで簡単に見ることができる「茶生育等予測マッピングシステム」、②カメラやドローンを活用して、実際に茶畑に行かなくとも畑の状況を映像で確認する「傾斜地リモートセンシング」、③走行速度に応じて、自動で適正な量の農薬を散布できる「乗用型散布量自動調整防除機」、④出荷の際、生産管理や伝票整理などをパソコンで簡単にできる「生産管理システム」の4つの項目です。

「まだ端緒についたばかりですが、このプロジェクトで得た結果を集積し、きちんと実証できれば、今抱えている茶農家さんのさまざまな問題をクリアして、将来のお茶の産業への明るい道筋が見えてくると思います」

気温の変化をタブレットでチェックするマッピングシステムや定点カメラを活用して、スマート農業の実践を目指す。
気温の変化をタブレットでチェックするマッピングシステムや定点カメラを活用して、スマート農業の実践を目指す。

「一年で一度しかない新茶を、絶対に生かすためのシステムを成功させたい」(増田さん)。「新型碾茶機をよりよいものとするために、今後も製茶研究に気を引き締めて取り組みたい」(馬場さん)。「茶は自然の恩恵と影響を受けて生育しており、常に天候が気になります。茶摘みの頃はいい天気が続いて欲しい」(下司さん)。

新茶の季節を目前に控え、それぞれに目標を持つ3人が口を揃えていうのは、ただ、お茶を効率よくつくって省力化を図るということだけではダメということ。“宇治茶”というトップブランドを支えている誇りと重みを背負って、あらゆる人に“さすが京都のお茶!”といわれるような、真においしいお茶づくりを目指していくのが使命だと力強く話してくれました。

一年でわずかな期間しか味わえない今年の新茶を、お茶に関わる人の思いごと、大切に味わいたいですね。

お茶
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企画・構成=前田尚規
まえだなおき●月刊『茶の間」編集部員。3児の父。編集部内でのお茶博士(決して日本茶インストラクターではない)。その薄い知識をひけらかし、ブイブイ言わしているとかいないとか。休日に子どもたちと戯れるのが唯一の楽しみ。