お茶時間とひとくちにいっても、そのスタイルは人それぞれ。老舗餅屋から忍者まで!? 今回は、仕事で和文化に携わっているお茶好き4名の方にお話をうかがいました。新年ならではのエピソードや、今後への想いなど、〝四者四様〟お茶のある素敵な暮らしをお届けします。
「お正月は工場いっぱいに ほうじ茶の香りが充ちています」
やわた走井餅老舗 井口香苗さん
やわた走井餅老舗 井口香苗さん
258年もの間親しまれた味を守り、伝えていくのが仕事
「お正月といえば、大きな茶釜でほうじ茶がぐらぐらと煮出され、その香りが工場いっぱいに立ち込めている様子がまず思い浮かびます」と話してくれたのは、「やわた走井餅老舗」11代目の井口香苗さん。
全国屈指の厄除け参りの神社としてあつく信仰される「石清水八幡宮」門前にある同店にとって、年明けから節分までは最も忙しい時期。中でも三が日には、名物の「走井餅」を求める人がひっきりなしに訪れます。
「早朝からお餅をたくさんつくって。お客さんにお出しするほうじ茶も、普段は朝に一回つくるところを常に沸かし続けないと追いつきません。私も中学生の頃にはお店を手伝うようになり、お店で迎えるのが我が家のお正月です」と笑います。
また、2008年に家業を継ぐことを決め、見習いとしてスタートした日から、井口さんにとってほうじ茶は、朝に欠かさず飲むものになりました。滋賀県産の羽二重米を杵つきした餅に、北海道産小豆を炊いたこし餡を手包みする走井餅は、その日に販売する分をつくります。作業が一段落したら、お茶とともに検食タイムを実施。258年もの間、愛されてきた味を守るための重要な仕事のひとつです。
「お店の休みと、出張などを除いて、この14年間、私がお餅をつくらなかった日はありません。ここでしか食べられない門前菓子としての味を守り、伝えていくのが大切な仕事だと思っています」
やわた走井餅老舗
【住所】京都府八幡市八幡高坊19
【電話】075-981-0154
【営業時間】9:00~17:30
※喫茶のL.O.は17:00
【定休日】月曜(祝日の場合は営業、翌日休)
【HP】http://www.yawata-hashiriimochi.com
「さりげないお茶のやさしさは 私の作品の世界観と通じます」
アトリエ「en」maruさん
アトリエ「en」maruさん
お抹茶を点てるとき、円を描くような所作があるのも興味深くて
東山区にある築120年以上の町家長屋「あじき路地」。20〜30代の若手作家たちが入居し、個性的な工房が軒を連ねることで知られるこちらの一角に、maruさんが引っ越してきたのは2021年4月のことでした。
「〝円満〟という言葉に〝円=○(えん)〟という文字が含まれているように、○(まる)にはすべてを享受し、やさしく包み込んでくれる強さや愛が宿っているように感じます。私は○という形に出合い、平和の象徴だとも感じ、その魅力に惹きつけられた感覚を礎に、歌ったり、描いたり、舞ったりと、全身全霊で表現を行なっています」と穏やかに話すmaruさん。
けれど、4年前にアーティストを本業にと決意するまでは迷いや葛藤に苦しんだといいます。
「会社勤めが長続きせず、勝手に世間体を気にしたり、劣等感を持ったり……。今となっては、そこを経て、自分を認められるようになったのが大きいです」
現在は、心地よい空間で思いのままに制作に打ち込む日々。
「お抹茶は、毎日とはいわないまでもよく飲みます。お茶を点ておわったとき、円を描くようにして茶せんをおさめますよね。やっぱり○って、人が自然に求めている形なのかなと思ったりも。もちろん、何といってもお茶が単純に好き。ぎょうぎょうしくなく、そっと寄り添ってくれるお茶は、私の作品の世界観にも通じるように感じます」
「忍者に必要な平常心と緊張感の 両立に、お茶は役立ちます」
「NINJA DOJO and STORE」代表 市川伊蔵さん
「NINJA DOJO and STORE」代表 市川伊蔵さん
学生時代に出合った煎茶道。今になって、その奥深さを実感
こんなところに、まさかの忍者道場!? と、驚くような京都の街中のビル内で「NINJA DOJO and STORE」を営む市川伊蔵さん。
伊賀出身……ということは、幼い頃から忍者に憧れていたのかと思いきや、「まさか自分が忍者になるとは思っていなかったですね」とのこと。
京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)を卒業後の17年間、デザイナーとして活躍し、転機が訪れたのは40代にさしかかった頃。培ったスキルを人のため、社会のために使える道はないかと模索するうち、忍者文化を世界に広めることが使命だと感じたと振り返ります。
「地元ながら知らないことも多く、改めて習おうと思いましたが、実際に教えてくれるところがない。それで、自分なりに研究していく過程で、どんどんと惹かれていきました」
小川流の煎茶道とも、実は大学時代の授業で出合っていたものの、当時は入門に至らず。それが今、あらためて学ぶことがとても楽しいのだといいます。
「お茶は、飲むと覚醒しつつ、リラックスできるという特殊な精神状態にもっていけるツールでもありますね」と市川さん。日本文化、伝統芸能、武術など、昔から培われてきたものには共通する部分も多いのではと思っていたものの、実際にやってみると、さらにその奥深さに驚いたそう。
「少し大げさかもしれませんが」と前置きし、「今後も忍者文化を通して、世界に、和の精神、調和共存の心、争わず解決する術、生き抜く知恵を広め、世界の平和と心豊かな生活に少しでも役立ちたいと思っています」と話す姿はりりしく、さすがと思わされます。
【住所】京都市下京区白楽天町5282F
【電話】075-778-1990
【営業時間】10:00〜18:00
【定休日】なし(要予約)
【HP】https://ninjadojoandstore.com
「子育ても、漆も、お茶も、 のんびりと、マイペースに楽しみます」
漆作家 清水愛さん
漆作家 清水愛さん
お茶のお店を開いたり作品づくりも再開へ。少しずつ計画中
漆作家・清水愛さんの自宅へ、取材にお邪魔したのは、とある日曜日の昼下がりのことでした。美しい美山の風景と、駆け回る子どもたちの笑い声、ゆったりとした雰囲気がマッチしていて、まるで絵本の世界に迷い込んだかのよう!
「子どもたちが小さいので、いつもゆっくりとはいきませんが、休みの日には縁側や庭でおやつと一緒にお茶を楽しんでいます」と愛さん。夫の昇臣(しょうじ)さんが、昔、中国茶のカフェを開いていたほどのお茶好きで、6年前に結婚してから、こまめにお茶を淹れてもらううち、「お茶のある暮らしになじんできた」のだといいます。
一昨年の8月、美山に引っ越して落ち着いてきたこともあり、以前のカフェの道具などを使い、予約制でお菓子とお茶を楽しめる空間づくりを計画中だとか。
「出産後は漆の仕事は、金継ぎにしぼって、依頼品の修理などをメインに進めてきました。そろそろ作家としての活動も再開し、今年は展覧会なども始動する予定です」
そんな愛さんの、ライフワークである国産漆の植林活動も着々と進行中。家の周りに約10本、近所に借りた土地に50本ほどの木を植えて世話をしています。今はまだ私たちの背丈よりも低い木が、10年後には2階の屋根くらいの高さに育ち、漆が掻けるようになるそうです。
「その頃には子どもたちの手が離れているかな。まずは子育てに合せて、のんびりマイペースに、仕事していきます」との言葉や、愛さんのやさしい声に癒されるひとときでした。
四者四様のお茶時間、いかがだったでしょうか。特に寒い冬は、急須で淹れたあたたかいお茶をいただく時間が至福ですよね
みなさまもぜひご自宅で思い思いのお茶時間をお楽しみください。
(写真 石川奈都子 津久井珠美 / 文 市野亜由美)
企画・構成=米村めぐみ
よねむらめぐみ●月刊『茶の間」編集部員。出社したらまずはお茶!仕事中はお茶ばかり飲んでいるといっても過言ではないほど、日本茶が好き。作家ものの湯呑など、うつわあつめが趣味。おいしい茶菓子にも目がありません。