樹木希林さん遺作邦画の原作者に聞く、すぐわからないことの大切さ

先日公開された映画『日日是好日(にちにちこれこうじつ)』。
森下典子の人気エッセイを映画化した本作は、茶道教室に通う女性の日常を通して、お茶の奥深さや、人生訓的な気づきを知ることができます。茶道に興味がある人も、ない人も必見の話題作をご紹介!

京都最古の禅寺・建仁寺にある栄西禅師の茶碑の前で。左より森下典子(原作者)、黒木華(典子役)、樹木希林(武田先生役)、大森立嗣監督。
京都最古の禅寺・建仁寺にある栄西禅師の茶碑の前で。左より森下典子(原作者)、黒木華(典子役)、樹木希林(武田先生役)、大森立嗣監督。
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史上初、「お茶のお稽古」を描く映画のストーリーをチラ見せ!

自分の本当にやりたいことが見つけられずにいた20歳の典子(黒木華)は、母の薦めで、いとこの美智子(多部未華子)とともに、「タダモノではない」というウワサの武田先生(樹木希林)のもとで、お茶を習うことになりました。

そこで教わることは、意味も理由もわからない不可思議な決まりごとばかり。武田先生は「お茶はまず形から」というのですが…。それから二十四年。挫折や失恋、大切な人との別れなど、人生の痛みや喜びを体験しながら、典子は毎週お稽古に通い続けることで、「日日是好日」という言葉に示された、今を生きる喜びを知っていきます。

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映画『日日是好日』の見どころはここ!

お茶の登場する小説や映画は多いけれども、「茶道」という奥の深い文化を、上から目線で手引きするのではなく、これほどまでに、学ぶ側から、丁寧に繊細に描かれた作品は珍しい。それだけに、主人公の、茶道に対する心の揺れや、人生における痛みや喜びに寄り添いながら、お茶の世界を堪能することができる、やさしい映画に仕上がっています。
中でも印象的なのは、お茶に通い始めた典子と美智子が、なんの説明もないまま、まず、形だけを教わることに戸惑うシーン。やがて二人は、「世の中には、すぐわかるものと、すぐわからないものがある」ということを、納得していきます。黒木華、多部未華子、樹木希林の、言葉少なくも、奥行きのある演技に思わず魅せられます。

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10月13日(土)〜全国上映中
ⓒ2018『日日是好日』製作委員会
監督・脚本:大森立嗣
原作:森下典子
『日日是好日 「お茶」が教えてくれた15のしあわせ』(新潮文庫刊)
配給:東京テアトル ヨアケ
出演:黒木華 樹木希林 多部未華子 原田麻由 川村紗也 滝沢恵 山下美月/鶴田真由 郡山冬果 岡本智礼 荒巻全紀 南一恵/鶴見辰吾
【公式HP】http://www.nichinichimovie.jp/

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公開記念スペシャルインタビュー 
監督・大森立嗣×原作者・森下典子

茶道のお稽古の様子を丁寧に描いた、史上初の茶道映画としてはもちろん、故・樹木希林さんの邦画としての最後の作品ともあって、大変注目を集める映画『日日是好日』。
完成を記念して、7月30日に京都最古の禅寺・建仁寺で、完成記念イベントが開催されました。大森立嗣監督と原作者・森下さんに、作品にかける思いを語っていただきました。

頭で解釈するより、からだで覚えたことを信じて…

大森 今日は、こうして着物を着せていただいて、床から5センチぐらい浮いているような感じですが(笑)、献茶をして、お経を聞いて、心が洗われるような体験を通して、身が引き締まる思いがしました。

森下 ほんとに。私は、自分の体験を綴ったエッセイを、映画化していただけるというお話を聞いたときは、盆と正月がいっぺんに来たような気持ちがいたしました。

大森 僕は、茶道の心得は全くなかったのですが、森下さんのエッセイを読ませていただいたときに、素直に面白いなと思ったのが、この映画を撮るきっかけでした。特に、10歳のころ、フェリーニ監督の名画『道』をご覧になったというエピソードがありましたね。その時は内容が理解できなかったけれども、大人になって、この作品の素晴らしさを知り、胸を突かれたということ。そのことを例にあげて、「世の中には、すぐわかるものと、わからないものがある」と気づかれたことに感銘を受けました。お茶を通した時間の流れや季節の中に、映画的な面白さを見い出したんです。

森下 うれしいですねえ。雨のシーンや、お茶室のしつらえなど、本当に感動いたしました。

大森 今回、お茶のシーン、それも、お稽古のシーンがたくさん撮れたことが、よかったと思うのですが、森下さんには、ずいぶんお世話になりましたね。

森下 いえいえ。監督が、お茶は初めてとのことでしたので、1年ぐらい前に、「平点前だけでも、なさいませんか?」ってお誘いしたら、「やりましょう!」とおっしゃってね。何度か、お稽古をなさったら、もう最後までおできになりましたね。カッコよかったです。

大森 おかげさまで、一応お茶のお稽古を体験したことで、撮影中、スタッフともども、お茶に関するダメ出しもできるようになりました。ありがとうございます。

森下 映画の中のセリフにも「頭で覚えちゃダメ、手を信じなさい」というセリフがありますけれども、お茶に関しては、ほんとに頭で解釈するのではなくて、からだで覚えたことがすごく大事な気がするんですよ。

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profile
もりした のりこ

1956年生。神奈川県出身。1987年、『週刊朝日』のコラム「デキゴトロジー」の記事を書くアルバイト体験をもとにしたエッセイ『典奴どすえ』でデビュー。以後、雑誌などにエッセイを執筆。著書多数。表千家教授(宗名・森下宗典)。

典子の役を黒木さんが演じてくださるなんて…

森下 キャスティングのすばらしさにも感動いたしました。

大森 もともと希林さんと一緒の空間で、映画づくりをやってみたいという気持ちがありましたし、黒木さんには、若いけれども、しっとりとした風情がありますね。

森下 私は、黒木さんが、典子の役をやってくださると聞いて、鳥肌がたつほどうれしかったです。それから、典子のお父さん役の鶴見辰吾さん。男親の、ちょっと戸惑ったような愛情の表現の仕方とか、声の感じとか、素敵でしたね。

大森 僕は、そのお父さんを想って、黒木さんと希林さんが縁側で話すシーン。あそこの芝居が、すごく好きですね。

森下 「桜が、悲しい思い出になったわね」というシーンですね。

大森 はい。あのときは、状況だけつくって、2人におまかせしたんですけど、希林さんのリアクション次第で、黒木さんの芝居が変わってくるんです。そういう生(なま)な感じのつくりが、面白いし、好きですね。もう一つ、典子と多部未華子さん扮する美智子が、浜辺で語り合うシーンが、それぞれの生き方の選択を象徴するシーンとして、よく描けたような気がします。

profile
おおもり たつし

1970年生。東京都出身。俳優として活動しながら、井筒和幸監督らの現場に助監督として参加。2005年『ゲルマニウムの夜』で監督デビュー。以後『さよなら渓谷』(13)などの話題作で高い評価を得る。

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お茶は「長い目で今を生きる」ということなのですね

大森 お茶歴40年余りの森下さんの中では、お茶はもう完成されているとか…。

森下 全然、全然! お茶というのは、純粋にお点前が好きな人、茶会で正客ができる人、そして、道具にのめり込む人など、ものすごく大きな世界なんです。私はその世界の端っこの方で、お菓子をいただきながら、黙ってお稽古をしているだけなので(笑)。

大森 これまで、お茶を続けていらしたことで、改めて、幸せを感じられたことはありますか?

森下 一番は、これまでより、五感が研ぎ澄まされてきたことですね。私たちは、つい、即戦力になるもの、効率的であるものを求めてしまいますけど、お茶は、「長い目で今を生きる」というものなんですね。お点前も、短時間に同じお稽古を繰り返していけば、もっと早く身に付きそうなのに、毎回違った道具を使い、毎回違った動きをしますね。そしてあるときに、思いがけない“気づき”を感じるんです。それが、先ほど監督さんがおっしゃった、「すぐわかるものと、わからないものがある」ということなんですが、すぐにわからないことは、長い時間をかけて、ものすごく役に立つんです。

大森 森下さんのエッセイの中にある、そういう大事なことが、少しでもこの映画で表現できていれば、それが僕の今後の仕事にも、役に立ってくるのではないかと思っているんですけど。

森下 私も、お茶を習うことで初めて知り、そして感じたことを書いたエッセイが、映像の形で、皆様に観ていただけることになって、「ああ、報われた!」って思うんです。

大森 僕は、会見のときに希林さんがおっしゃった「生まれ変わったら、小さな茶室を建てて、夫と静かに向き合う人生を送りたいと思います」という言葉を、最高の誉め言葉と受け止めたいと思います。本当に、よい出会いをさせていただきました。

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原作者・森下典子さんが語る、その後の『日日是好日』

エッセイ集『日日是好日』出版後も、森下さんの人生の傍らには、いつも茶道があります。
年を重ね、そのふところの深さに、より気づかされ、さらに感動が強まったという〝お茶〟の魅力とは——。

その1 抱え込んでいるものを手放す心地よさ

お茶室は、安心して五感を解放できるところだと思います。その一つに、今、あれこれと頭の中で考え込んでいる雑多なことを、手放していける心地よさがあります。
例えば、お稽古の前に、つくばいで手を清めるとき、あるいは、左足でお茶室に踏み込むとき(※流派によって異なります)、作法に集中することで、日常の雑多なことを一旦忘れる習慣が身につくんです。
最近は、お稽古に向かう道を歩いているときからでも、手放せるようになってきました。

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その2 季節を感じる感覚が研ぎ澄まされてきた

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最近、音や空気や匂いなどを感じる感覚が研ぎ澄まされてきたような気がします。
お茶は、ものすごくふところが深く、その中の何を愛しても許される世界だと思っているのですが、私にとって“季節感”が、一番の財産になっていると思っています。
「あ、この瞬間、秋になった!」「あ、この風は、今年最初の冬の風だ!」などを、感じることができる幸せを大切にしています。

その3 本日ただいま、ここに生きている

私にとって、お茶をしているときは、私なりの禅をしている時間だと思うのです。
たとえば、一心に濃茶を練っていて、突然何かがパッとひらめくとき。また、半日茶室に座って、風炉の灰を整えることに集中しているとき。ふっと顔をあげると、庭が、雨上がりのように、光って見えたりすることがあるんです。長時間集中していたために、脳内で何かが起こっているのでしょうね。
「本日ただいま、ここに生きている」と感じられるのは、そんなときなのです。

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おわりに

世の中には「すぐわかるもの」と、「すぐわからないもの」の2種類がある、とは原作エッセイにも映画の中にも出てくる言葉。それは、お茶の先生役を演じられた、樹木希林さんの生き方とも重なるように思います。

茶道に興味がある人も、そうでない人も、観ると人生の中での大切な「気づき」を得られる。
『日日是好日』は、私たちの人生に寄り添い、生き方のヒントを与えてくれる物語です。
ぜひ、この秋、映画館へ足を運んで、お茶の奥深さに触れてみませんか?

(取材・文 あさかよしこ/写真 福尾行洋/イラスト Shapre)

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企画・構成=大村沙耶
おおむらさや●月刊『茶の間」編集部員。福岡県北九州市出身。学生時代は剣道に打ち込み、京都に住み始めてから茶道と着付けを習い始める。ミーハーだけど、伝統文化と自然を愛する超ポジティブ人間。