京都の3大年末行事はココがすごい!裏方を支える職人の技術に迫る

テレビで有名な知恩院の除夜の鐘をはじめ、終い弘法やをけら詣りなど、京都には師走の伝統行事が多くあります。風物詩として人気を集める行事の裏側では、職人確かな技に支えられた細やかな仕事があります。3人の京都の師走の縁の下の力持ちをご紹介します。

上田技研産業代表 上田全宏さん

撞木職人・上田技研産業代表
上田全宏(うえだまさひろさん

「温かな鐘の音色をつくる、まさに撞木は“楽器”です」

撞木
知恩院での除夜の鐘の様子。(写真/中田昭) ※2020年は試し撞き・除夜の鐘は非公開で行なわれます。

ゴーンと夜空に響く鐘の音。1636年に完成した京都・知恩院の大鐘は、日本三大梵鐘(ぼんしょう)の一つとして知られ、高さが約3.3メートル、直径約2.8メートル、重さはなんと約70トン。親綱を持つ撞き手と、子綱を持つ16人の僧侶がタイミングを合せ「えーい、ひと〜つ」「そーれ!」という掛け声とともに打ち鳴らされます。

ここで忘れてはならないのが大鐘を撞く「撞木(しゅもく)」の存在。現在、知恩院で使われている撞木は、京都の老舗寺社建築業者、株式会社奥谷組が依頼を受けて、直径2メートルの木材を用意し、奈良県にある撞木の専門メーカー・上田技研産業株式会社で加工されたもの。

「私たちは、撞木は鐘の音を生み出す楽器の一部と考えています。例えると太鼓のバチ。重いと低音、軽いと高音が響くのとよく似ています」と、上田技研産業代表の上田全宏さん。

そのため、木製楽器でも使用される「り」という、強度が均一な木材で製造しています。「芯去り材を大きな回転台で2日かけて削り、磨いて細工をします。先端の固さが音に微妙な変化を与えるので、職人が少しずつ調整していきます。また、鐘の大きさに対して適切な重量を導き出し、音づくりを行ないます」

毎年12月27日に催される試し撞きにも上田さんは参加。「大晦日に梵音を聞くのは、日本の文化だと思います。長い歴史を経てきた日本の心を後世につないでいきたいですね」

笹屋伊織 下谷誠貴さん

和菓子職人・笹屋伊織
下谷誠貴しもたにまさきさん

「数百年、職人に受け継がれてきた市の名物お菓子にレシピはありません」

弘法大師
弘法大師の参詣が弘法市の始まり。現在の賑やかなかたちは、江戸時代頃からといわれている。(写真/中田 昭)

弘法大師の月命日である21日に東寺で開かれる「弘法市」。なかでも12月の弘法市は「い(しまいこうぼう)」と呼ばれ、一年のうちでも最も賑やかです。翌年の干支にちなんだ置物、正月用の飾りなど、例年は1,000以上のお店が軒を連ね、訪れる人はなんと10万人以上とも。

そんな弘法市の名物として人気を集めているのが、弘法さんのどら焼として販売される老舗和菓子店・の「どら焼」です。

「江戸時代末期に5代目当主・笹屋伊兵衛が、お坊さんから『修行僧たちが食べる副食になるお菓子をつくってほしい』と頼まれたのが、どら焼誕生のきっかけです」と、笹屋伊織で職人を務めるさん。お寺のの上で焼いたことから「どら焼」と名付けられたのだとか。東寺のためだけにつくられていたお菓子でしたが、おいしさが広まり、明治時代に入り、弘法市の前後3日間のみ一般販売されるように。

「どら焼にレシピはなく、職人の中でも限られた者しか焼くことができません。『時代が変わっても、これだけは変えてはならない』と教えられ、大切に守ってきたお菓子です」

また、下谷さんは「どら焼を焼きながら『今日は終い弘法かぁ』と、職人たちで会話しています。年中、工場でお菓子づくりをしている私たちにとって、一年の流れを感じさせてくれる大切な日なんです」とも。職人たちが継承してきた、一年を締めくくる甘味をぜひ味わってみてください。

波田火縄保存会会長 岩嵜義孝

火縄づくり・波田火縄保存会会長
岩嵜義孝いわさきよしたかさん
(写真引用/三重県ホームページ「まちかど博物館体験レポートvol.7〜火縄博物館」)

「子どもの頃からの京都との切っても切れぬ縁。 親子、地域で受け継いでいきます」

波田火縄保存会会長 岩嵜義孝さん
八坂神社と上小波田地区との付き合いは明治頃から。岩嵜さんも大晦日は八坂神社で火縄の販売をお手伝いしているとか。 (写真/中田 昭)

大晦日から元旦にかけて行なわれ、無病息災・厄除けを祈願する祇園・八坂神社の「をけら詣り」。境内で焚かれた「をけら火」を火縄に移して家に持ち帰り、その火で雑煮を炊くと一年を健康に過ごせると言い伝えられています。そんなご利益ある火を宿す、神事の裏方「火縄」ですが、現在は大変希少で、全国でも限られた場所でしか生産されていないことは、あまり知られていません。

三重県名張市地区。ここでは400年以上前から火縄が製造されていたそうで、今も伝統産業として火縄づくりが受け継がれています。「農閑期の11月から3月頃までが製造の時期です。まず、ナタで真竹の青い部分を削り落とし、白い部分を薄く削って紐状にしたものが火縄の材料。左右に2〜3本ずつ持って、三つ編みの要領で編み上げるんです」とは、上小波田火縄保存会会長のさん。1本の長さは3.3メートルで、岩嵜さんは一日に約10本のペースで仕上げ、保存会として八坂神社には約1000本を納めています。

岩嵜さんのご家族は、代々、火縄づくりに携わっており、「子どもの頃からの京都との切っても切れぬ縁でしょうか」と話します。「祖父、父親も火縄を神社に納めてきて、私も古くからの伝統行事に対する思いがあります。これからも続けていけるよう、まずは私が技術を磨いて、後継者を育てていきたいです」

上小波田の火縄は消えにくく、長持ちすると評判なんだそう。それは、伝統行事を支える人々の使命感が紡ぐ、熱い思いの象徴かもしれません。

毎年当たり前にあるように思える年末の行事。その裏には、行事を絶えず受け継いでいこうという多くの方の想いがあります。今年はいろいろありましたが、一年をしっかりと締めくくり、伝統を未来へと繋いでいきたいものです。

(文・岡田有貴)

planmake_hagiri

企画・構成=羽切友希
はぎりゆき●月刊『茶の間』編集部員。ちびまる子ちゃんが好きな静岡県出身。小さい頃は茶畑の近くで育ち、茶畑を駆け抜けたのはよき思い出。お茶はやっぱり渋めが好き。