光源氏が愛した色が鮮やかに蘇る!京都の染色史家・吉岡幸雄の世界

京都で、植物染めによる古代の日本の色彩の復元に挑み続けた吉岡幸雄さん。2019年9月に惜しくも急逝された同氏を追悼し、その世界観を回顧する没後初の展覧会が、細見美術館にて催されます。娘の更紗さんに、展覧会に寄せる想いを語っていただきました。

源氏物語 澪標

源氏物語 澪標 (みおつくし)
平安朝官位の色8種一覧を表す。『源氏物語』「澪標」の帖において、須磨から帰京し、住吉を詣でる源氏一行の華やかな場面をイメージ。さまざまな官位の人々が随行したと想定して、一位から八位までの8色を再現したもの。

吉岡幸雄の仕事と蒐集。いざ、染めの申し子の世界へ!

吉岡幸雄
吉岡幸雄
吉岡幸雄

吉岡幸雄さんは若い頃、家業を継ぐことを嫌い、出版の世界に足を踏み入れました。しかし、日本の工芸、特に京都の伝統文化、そして染めの世界への思いは捨て難く、昭和63年、「染司(そめつかさ)よしおか」5代目当主を継ぎました。その後は、染師・福田伝士さんと二人三脚で染めに没頭する日々へ。技術、理論、美しさのどれ一つも欠けることなく、天然の植物染めによる日本の伝統色の再現に、生涯をかけて取り組んできました。

本展では4つの章に分けて、同氏の足跡を構成・紹介しています。

『第一章 祈りと荘厳の色彩』では、伎楽装束や幡(ばん)、修二会(しゅにえ)に奉納する染和紙による花など、東大寺、薬師寺などの寺院に奉納した作品の数々を観ることができます。『第二章 王朝文学の色』では、「源氏物語 澪標 (みおつくし)」、「源氏物語 若菜下」など、『源氏物語』に描かれた繊細で色彩豊かな世界を古式ゆかしい植物染の技法で再現した作品を紹介します。

『第三章 神に捧げる 季節の彩り』では、色で見る四季のうつろいや五節句の彩りなどを華麗に表現した作品を展示。『第四章 古裂(こぎれ)の美─いにしえをたずねて』では、正倉院裂や古代印度更紗、小袖裂(こそでぎれ)など、温故知新を信条とする同氏を導き続けた、貴重な蒐集品を展示します。

それぞれの章をめぐるごとに、色彩が鮮やかに現れて、吉岡幸雄さんの美への憧れと本質を見極める眼、最後まで絶えることのなかった探究心に触れることができます。

心の奥底にまで届く鮮やかな色彩の数々

日本人の色彩感覚を侘(わび)・寂(さび)ではなく、〝もっと透明感のある、澄んだ美しい鮮やかさ〟と考えた吉岡幸雄の色の世界をご紹介します。

第一

大切な行に捧げるため、心を込めて染め上げる

大仏が開眼されて以来、中断することなく行なわれてきた東大寺修二会。
そこに捧げられる和紙の造り花=椿花のための染め和紙を毎年、奉納している。

東大寺 椿の造り花

東大寺 椿の造り花
修二会では、二月堂の十一面観音に五穀豊穣、国家鎮護などを祈る厳粛な行が3月1日から14日間にわたって続く。毎年2月中旬に紅花の赤、支子(くちなし)の黄、白紙をそれぞれ60枚奉納し、2月23日、練行衆の手で椿の花に形づくられる。

第二

典雅に、鮮やかに。王朝の色彩が今、蘇る

『源氏物語』五十四帖を丹念に読み、平安王朝の多彩な「襲(かさね)の色目」を再現。吉岡幸雄さんの審美眼によって光源氏の愛した色彩が鮮やかに蘇る。

源氏物語 蘇芳のかさね
源氏物語 蘇芳のかさね

源氏物語 蘇芳(すおう)のかさね
『源氏物語』「若菜下」の帖の女楽の場面で登場する明石女御がまとう紅梅の御衣。蘇芳はマメ科の樹木で、正倉院では薬物として保存されている。

源氏物語 蘇芳のかさね 袖部分
源氏物語 蘇芳のかさね 袖部分

源氏物語 蘇芳のかさね 袖部分
一番上の袿(うちぎ)は濃い蘇芳、裏地も含め、中の袿になるにつれて少しずつ淡い色調となる。息を呑むグラデーションの美しさ。

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神への畏敬の思いを映すいにしえの色

石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)に伝わる古文書に添って、素材をすべて植物染料で染め上げ、古式ゆかしい色彩に再現した、春夏秋冬それぞれの草木花。

石清水八幡宮 供花神饌 杜若
石清水八幡宮 供花神饌 杜若

石清水八幡宮 供花神饌 杜若 (きょうかしんせん かきつばた)
吉岡幸雄氏は平成10年から石清水八幡宮の祭礼の供花神饌の造り花の製作を依頼され、以来、毎年大切に手がけてきた。古文書をひもとき、伝統の染色の技で優美な色彩を再現。今は娘の更紗さんが受け継ぎ、春夏秋冬に咲く草木花を変わらずに奉納している。

画像

古きよきものに創造の礎を求めて

古渡の更紗や小袖裂は、染色の道筋に導いてくれる大切な存在。常に温故知新の姿勢で仕事に望んだ吉岡さんの貴重なコレクションの数々。

上・古裂帖 (旧野村コレクション) 下・古代印度更紗 (赤星家旧蔵)
上・古裂帖 (旧野村コレクション) 下・古代印度更紗 (赤星家旧蔵)

上・古裂帖(旧野村コレクション)
下・古代印度更紗(赤星家旧蔵)
「迷いが生じると、私は『古典』に学ぶことを信条とした」と吉岡氏自身が著書に書いている通り、氏は常に古裂や文献に進むべき道を求めてきた。古代印度更紗や小袖裂など、貴重なコレクションに一貫した仕事の姿勢を感じたい。

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細見美術館
前期:2021年1月5日(火)〜2月21日(日)
後期:2021年2月23日(火)〜4月11日(日)
【住所】京都市左京区岡崎最勝寺町6-3
【電話】075-752-5555
開館時間】10:00〜17:00(最終入場時間 16:30)
【休館日】月曜 ※祝日の場合は、翌火曜
【観覧料】一般 1,400円 学生 1,100円
【HP】http://www.emuseum.or.jp/

細見美術館

いにしえに学び、父に学び、新しい染めの世界の扉を開く 吉岡更紗さんにインタビュー

吉岡更紗
吉岡更紗
吉岡更紗
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この一年間は、無我夢中で駆け抜けてきた感があります。父とともに手がけてきた、ホテルや空港などの空間を扱う大きなプロジェクトの納期が重なっていて、とにかくそれらの仕事を遂行することだけを考えてきました。ここ何年かは、父は総監督のような立場として仕事に関わっていました。最初の方向性を一緒に考えた後は、実際の作業をほとんど私に任せてくれるようになっていたので、仕事をなんとか進めることができたと思います。工房のスタッフも変わらず私を支えてくれて、皆で手を携えて、無事にすべての仕事を完成させることができました。

吉岡更紗

吉岡幸雄は、私にとって最愛の父であり、尊敬する師匠でした。今までも、そして、これからも大きな存在であることに変わりはありません。その大きな存在を失ったことは、大変なことではありますが、救われたのは、この仕事が一人きりでするものではないということでした。

父と二人三脚で仕事をしてきたベテラン染師(福田伝士さん)も、職人も事務方も、変わらないメンバーでやっていけることは本当に感謝しかありません。今、少しずつ、日常を取り戻しつつありますが、父の思いや技は工房のスタッフ全員にしっかりと受け継がれていることを日々実感しています。

父は、まさに温故知新の人でした。どんな仕事にせよ、古裂や古い文献をひもといて、その世界に没頭して、徹底的に調べる。調べ尽くして、自分なりに得心がいってからようやく、創作がスタートする、いつもそうでした。

「本物を見て、聞いて、触れよ」が父の口癖でした。私も毎年、正倉院展を観に行っていますし、古代裂や国内外の古典的な染め物などに興味があるのは、父の影響だと思います。

染色は古代から行なわれてきましたが、人の叡智(えいち)が詰まっていると思います。糸を染め、それを織り上げていく。色ひとつ、文様ひとつにそれぞれ深い意味があるんです。父は常にその意味を探求しながら、染色の世界を歩んでいたように思います。

天平、平安、そして現代へ。染める対象物は変わっても、草木の命をもらって染め上げるということに変わりはありません。毎年、大切にお納めしてきた東大寺の「お水取り」(修二会)の椿の造り花や、薬師寺、石清水八幡宮の祭事で使う供花のお仕事も、今までと変わらず、お引き受けさせていただいています。

染司よしおか
刈安、紫根、紅花、藍などさまざまな天然の素材を使って、「染司よしおか」ならではの美しい色彩が生まれる。

「変わらず継続する」ことは、じつはとても難しいことです。どのような状況になっても「変わらず継続する」ことを念頭に、しっかり仕事をし、その上で、父の生き方にならいつつ、私なりの染めの世界を体現していければと考えています。

今回の特別展「日本の色—吉岡幸雄の仕事と蒐集—」では、温故知新の考えに沿って、コツコツと築いてきた父の染色の世界観を、展覧会として企画できたことはとてもうれしいです。父の染色への一途な思いの一端を皆様に感じ取っていただければ、幸いです。

書籍
書籍

(文:郡麻江、インタビュー写真:入交佐妃 )

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企画・構成=大村沙耶
おおむらさや●月刊『茶の間」編集部員。福岡県北九州市出身。休日は、茶道や着付けのお稽古、キャンプや登山に明け暮れる。ミーハーだけど、伝統文化と自然を愛する超ポジティブ人間。