不安やつらい気持ちを癒す!心にしみるはじめての禅語3選

さまざまなことが変わりつつある世界で、悩み、戸惑うことが多い昨今。私たちはこれからどのような考え方で、日々を過ごしていけばいいのでしょう。京都の名刹、妙心寺退蔵院・副住職の松山大耕さんに、禅語がはじめての人にこそ読んで欲しい、今、私たちが胸に刻んでおきたい禅の言葉についてお話を伺いました。

松山大耕副住職

◆ お話
妙心寺 退蔵院
松山大耕まつやまだいこう副住職

1978年京都市生まれ。2003年東京大学大学院農学生命科学研究科修了。2007年より退蔵院副住職。2009年政府観光庁Visit Japan大使、2011年京都観光おもてなし大使に任命。2018年より米・スタンフォード大客員講師。2019年文化庁長官表彰、重光賞受賞。

禅語の真髄は、想像する力を発揮して本質に触れること

禅語とは禅を教え、伝える言葉です。ただ、ストレートに「禅とはこれこれこういうことである」と伝えるものではありません。少し遠回りな表現を用いて、見聴きする人がそこに描かれている情景を思い起こす、つまり想像力と感性を働かせて、禅の教えを深く理解するためのヒントを与えてくれる、そういうものだと私は考えています。

たとえば、「古池や蛙(かわず)飛び込む水の音」という松尾芭蕉の有名な俳句がありますね。どんな水の音かは、実際はわかりませんが、その情景をありありと思い浮かべることができるのではないでしょうか。とても静かな場所なのだということが、実感として伝わってくると思うんです。

これを「ここはとても静かな場所だった」とストレートな言葉で伝えてしまうと、どんな情景なのか、ほとんど頭に浮かんできません。が、「蛙が飛び込む水の音」といわれると、静かな場所に古池があって、そこに、ちゃぽんと澄んだ音が響く……。そんな情景が見えてきますよね。

あえて直接伝えていないけれど、伝えたいことの本質に触れ得るもの、それが禅語の教えなのではないでしょうか。また、禅の教えには禅語や経典のほかに、「不立文字(ふりゅうもんじ)」という考え方があります。これは、物事の本質、教えの真髄というのは書物や言葉によるだけでなく、自分の実践や体験を通してこそ、真に体得できるという意味です。

禅語や経典、そして実践と体験を積み重ねて、禅の世界はようやく理解できるものなのだと思います。

主人公 妙心寺 壽聖院(じゅしょういん) 古川大航(だいこう)老師 筆
主人公 妙心寺 壽聖院(じゅしょういん) 古川大航(だいこう)老師 筆

人との比較で一喜一憂せず、 主体性のある自分としてしっかり生きていく

中国、南宋の臨済宗の僧、無門慧開(むもんえかい)が著した『無門関(むもんかん)』という禅の書物の中の一節です。

瑞巌和尚は、毎朝、自分自身に向かって「主人公」と呼びかけて、「ちゃんと目を覚ましているか?」「はい」「本当に大丈夫か」「はい」と自問自答しているということが書かれています。

これは「お前はちゃんと主人公、つまり主体性のある自分として、自分を見失うことなく生きているか?」と尋ねているという意味があります。

今回、この禅語を選んだのは、今、ネット社会といわれる世の中で、主体性とは何なのかを、私自身、よく考えるからです。

ステイホームの期間中、時間があるので、フェイスブックやインスタグラムといったSNSを見る機会が多かったという人もおられるでしょう。ほとんどの場合、投稿者は、よいことやうれしいことなど、自分の充実ぶりを投稿していると思いますが、それを読む側は、投稿者と自分をつい比較してしまいがち。他人の充実ぶりを毎日読んで、人と比べて、自分はだめだなあ、と落ち込んでしまうことなどありませんか。

実際は、投稿している人の側にもよいことばかりではなく、辛いことや不安もあるはずなのですが、読み手にはそこまで思いが至りにくく、つい相手と比べてしまいたくなるものです。でも、人との比較の中に幸せを見出すことは、決してできません。幸せとは、その人自身が主体的に感じるものなのですから……。

もちろんSNSには、とても役立つ情報や、勇気や元気をもらうというプラス面もありますが、人と比較して一喜一憂するというマイナス面もあるかと思います。SNSのマイナスの価値観に影響を受けすぎないようにするには、どうすればよいでしょうか?

一度、瑞巌和尚のように「本当にお前は大丈夫か? 主体性を持って生きているのか?」と自分自身に問いかけてみてはどうでしょう。他人と比較ばかりしていた自分に気づき、今、自分のあるべき姿、自分の主体性が少し見えてくるのかもしれません。

日々是好日 松山大耕 筆
日々是好日 松山大耕 筆

辛い日々もしっかりと味わえば、 深みのある人生へとつながる

この言葉は、中国の唐代に活躍した雲門文偃(うんもんぶんえん)禅師の言葉です。

人生、雨の日もあれば、晴れの日もあるわけですが、それをどう受けとめ、どう考えて行動するかということをこの禅語は問いかけているように思います。

今、新型コロナウイルスによって、世界でさまざまなことが激変しており、出口もいまだ、はっきりとはわかっていません。これがいつまで続くのか、不安な中で私たちは生きています。

しかし、長い歴史を振り返ると、そういう辛い時期は、何度もありました。その都度、人間は叡智(えいち)を集結して、難しい問題を乗り越えてきました。今、私たちもこの危機をどう捉え、どう動いて将来に生かしていくのかが、非常に重要だと思います。

当院には、室町時代の絵師で狩野派の2代目、狩野元信(かのうもとのぶ)が作庭したといわれる500年の歴史を持つ枯山水庭園があります。ステイホームの期間、ふと思いついて、私と家族、弟子とともに、この石庭の白川砂を洗うことにしたのです。

一週間、毎日、白川砂を運んでは洗うという作業を繰り返して、堆積物をきれいに取り除くことができたのですが、なんと、おおよそ500年前の、まさに元信が作庭したときの本来の姿が現れてきました。

白川砂と岩や苔の境がくっきりと際立ち、今まで埋まっていた石橋の下にもきれいな白川砂が現れて、美しい景色が立ち上ってくるようで、心から感動しました。

この危機がなければ、砂を洗うことなど思いつきもしなかったでしょう。危機だから諦めるのではなく、受けとめ方次第で、よいことも起きる。私自身、まさに「日々是好日」を実践できたのではないかと感じています。

掃除をするというほんの小さなことでよいのです。日々、積み重ねていけば、その日、その日をきちんと生きることにつながります。それこそが好日であり、味わい深い人生をかたちづくっていくのではないでしょうか。

枯山水庭園「元信の庭」
500年の歴史を持つ、史跡名勝・枯山水庭園「元信の庭」を方丈から望む松山さん。ステイホームの間、庭に敷き詰められた白川砂という玉石のすべてを、1週間かけて毎日洗い、泥を落として、美しく蘇らせた。小さくとも、一日ごとの積み重ねが、人生を豊かにしていく、そのことを実感したという。
野火焼不尽 春風吹又生 松山大耕 筆
野火焼不尽 春風吹又生 松山大耕 筆

すべてを失ったと思っても、 決してそうではないことを忘れずに

野火とは山焼きなどの火を指します。今でも奈良の若草山では毎年、山焼きが行なわれますが、山一面が激しい野火に包まれたあとは、すべてが焼き尽くされたように見えます。

しかし、春風が吹けば、そこには再び新しい生命が芽吹く、という意味の禅語です。

今、仕事もうまくいかず、先行きが見えず、自分の人生はここで終わってしまうのではないかと不安に思っておられる方は少なくないかもしれません。今まで懸命に積み上げてきたものをすべて失って、まるで焼け野原に立ち尽くしているような気持ちに襲われることもあるでしょう。しかし、いつの日か、暖かな春風が吹いてくると信じて、日々を丁寧に暮らしていくことが大切だと思います。

この禅語を読んで、ある友人のことを思い出しました。彼は大学時代の友人なのですが、2008年に起きた世界規模の金融危機、リーマンショックのときに仕事も地位も失ってしまったのです。まさに野火に覆われて、焼き尽くされたような状況だったにちがいありません。東京で働いていた彼は失意のうちに郷里に戻り、その地方の小さな島に移住しました。そこで暮らすうちに島の人々が、若く体力のある彼に少しずつ仕事を頼むようになったそうです。畑仕事や大工仕事などの手伝いをしているうちに、すっかり島に馴染んで、最終的に島の地域振興に関わるようになりました。

彼はそのときの経験を生かして、町おこしに関わる仕事をしながら、今は充実した日々の中で幸せに暮らしています。久しぶりに会ったとき、「リーマンショックのときはほんとうに何もかも失ってしまったと思ったけれど、決してそんなことはなかった」と笑顔で話してくれました。

もうダメだと思っても、そこで諦めず、腐らず、小さなことでもコツコツと、人の役に立つことを考えながら生きていく。そんな日々の先に、いつかきっと暖かな風が吹いて、新しい芽が力強く出てくるのではないでしょうか。

妙心寺 退蔵院

妙心寺 退蔵院
妙心寺の山内にある40余りの塔頭の一つ。屈指の古刹として知られ、境内には、国宝「瓢鮎図(ひょうねんず)」(模本)や史跡名勝・枯山水庭園「元信の庭」、池泉回遊式庭園「余香苑(よこうえん)」などがある。

【住所】京都市右京区花園妙心寺町35
【電話】075-463-2855
【拝観時間】9:00〜17:00
【拝観料】一般600円
【HP】http://www.taizoin.com

退蔵院の副住職・松山大耕さんのお話、いかがだったでしょうか。こころがしんどくなったり、つらくなったときには、今日教わった禅のことばを思い出し、健やかな毎日をお過ごしください。

 

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(文 郡麻江/写真 津久井珠美)

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企画・構成=米村めぐみ
よねむらめぐみ●月刊『茶の間」編集部員。出社したらまずはお茶!仕事中はお茶ばかり飲んでいるといっても過言ではないほど、日本茶が好き。作家ものの湯呑など、うつわあつめが趣味。おいしい茶菓子にも目がありません。