あの名曲や童謡から創作したまんじゅうや羊かんはどんな味?
独自の感性と技術でつくった美しい和菓子を発信し、多くのファンがいる京都在住の和菓子作家・名主川 千恵(なぬしがわ ちえ)さん。
うたや文学が大好きな名主川さんが生み出す、楽しい和菓子の世界をのぞいてみませんか。
小学生の頃にCMで流れていた名曲から生まれた、やさしい葛まんじゅう
小学生の頃、当時烏龍茶のCMに使われていたこの曲を、校舎の改築工事で働いていた外国人男性に教えてもらいました。
橋幸夫さんと吉永小百合さんが歌っていたうただと知ったのは、それからもっと後のこと。
しみじみと心に残るメロディーとうつくしい歌詞で、大好きな歌です。
こしあんを本葛で包み、さらに全体を外郎で包んだ葛まんじゅうで表現しました。
菓銘は「星と乙女」。とろっとした本葛の食感と風味に、懐かしく響く娘さんの歌声を重ねました。
誰もが知っている童謡の変わらない魅力を、「こなし」で丁寧に表現
この歌を初めて聞いたとき、なぜか懐かしさを感じました。
口ずさめば涙で目がにじみ、切ない歌詞とメロディーに胸が震えます。
映画『二十四の瞳』でも、先生と生徒が繰り返し歌っています。
うたをのせて浜辺に吹く風は、潮の香りと故郷の懐かしい匂いが混じるよう。
寄せては返す波と、打ち寄せられた貝殻の残る浜辺をイメージして、こしあんとじょうよ粉でつくる京菓子の定番「こなし」生地を使って表現しました。
菓銘は「おもひでの浜」。過去も未来もいつまでも変わらない景色と、変わらず愛され続ける和菓子に想いを寄せました。
授業で習った詩から連想した大人のほろ苦さを、二層の羊かん仕立てに
中学生の頃、国語の時間で習ったこの詩は、高村光太郎の奥さん・智恵子を詠んだ詩です。
当時の私は、やり場のない哀しさとこの世の絶望を感じましたが、今となってはむしろ清々しさを感じます。
身を焦がすように生き抜いた2人の間には、純真な愛情と信頼が貫かれていたと思います。
2人を想って、酸っぱくて苦いレモンを少し甘く煮ました。
浮島とレモン入り羊羹の二層の和菓子の銘は「レモン」。自然体で生きた2人をイメージして、素材の色をそのまま生かしました。
季節の移り変わりのはかなさをうたった和歌を、香り立つ上用まんじゅうに
花たちばなは別名「常世草」。
和菓子の神様と呼ばれる田道間守が、不老不死の理想郷・常世の国へ探し求めた果物が橘の実であると言われています。
花たちばなが散って実のなる様子は、まさに桃源郷のような美しい風景だったのでしょうか。
このうたは、花が散り、はかなく移りゆく里の景色、夏のあはれに心を寄せています。
私の庭にある花たちばなの木もそろそろ花が咲く頃です。
季節の移り変わりのはかなさを、柑橘の香りがする上用まんじゅうに仕上げました。
上用まんじゅうとは、すりおろしたヤマノイモにじょうよ粉、砂糖を加えた生地であんこを包んでつくるまんじゅうで、婚礼や祝い事などの贈り物とされることが多い和菓子です。
純朴で優しく、強い心を秘めた女性を優しく見守る百日紅(さるすべり)を羊かんに。
百日紅といえば、水上勉原作の映画『五番町夕霧楼』を思い出します。
遊郭に身を置くことになった主人公・夕子のやすらぎの象徴が百日紅の木でした。
この千代女の一句は、夕子のように、純粋で優しく強い心を秘めた女性をうたっているように感じました。
何も語らず、ただ優しく見守ってくれる百日紅。
岸辺に立つ百日紅の木をイメージして、珈琲でほんのり色づけした羊羹と白と赤のつぶつぶの道明寺羹を重ねました。
夢かうつつか、蜃気楼に揺れる百日紅です。
名主川さんのうたと和菓子の世界はいかがでしたか?
和菓子の向こうに広がる様々な物語を想うと、食べた時の印象も違ってくるはず。
次回は、名主川さんに、活動を始めたきっかけや和菓子づくりにかける想いを伺います。
(写真 平谷舞)
取材・文=大村沙耶
おおむらさや●月刊『茶の間」編集部員。福岡県北九州市出身。学生時代は剣道に打ち込み、京都に住み始めてから茶道と着付けを習い始める。ミーハーだけど、伝統文化と自然を愛する超ポジティブ人間。