若手作家のアイデアの源がわかる!インスタで人気の和菓子の世界vol.2

歌や文学から発想を得て美しい和菓子を生み出す名主川 千恵(なぬしがわ ちえ)さん。

一日一菓、一日も欠かさずインスタグラムに和菓子を投稿しています。

活動を始めたきっかけや和菓子づくりへの想いを伺うと、心温まるエピソードを話してくれました。

和菓子職人、名主川千恵の写真
自宅のキッチンで和菓子づくりに励む名主川さん。
お話ししながらも、あっという間に和菓子が形づくられていきます。
和菓子を作っている名主川の写真

うたをテーマにした和菓子づくりの原点とは…?

淡路島出身の名主川千恵さんは、和菓子づくりに携わって13年。
京都市中京区の老舗和菓子店「亀屋友永」で上生菓子を担当しています。
2018年のはじめ、多くの人たちに和菓子の面白さを知って欲しいと、毎日一つずつ、つくった和菓子を撮影して、インスタグラムにアップし始めました。
美しい和菓子のビジュアルと心惹かれる文章に、フォロワーがどんどん増えています。

「大学生のとき、ひとり旅をした鹿児島県で仲良くなったおばちゃんが、別れ際におはぎをくれたんです。とっても大きいおはぎが六つ。食べきれないくらいだったんですけど、それがとても素敵だなと思って」

もともと手仕事に興味があり、その出来事をきっかけに和菓子職人を志すようになったそうです。
大学を卒業後、専門学校へ通いながら和菓子の老舗「長久堂」でのアルバイトを経て、そのまま就職。11年ほど修行を重ねました。

和菓子作りに欠かせない道具写真

「その店には、まだ戦前の丁稚奉公時代から働いている工場長がいて、さまざまな影響を受けましたね。戦時中のお話や、映画や音楽のことなどを教えてもらいました」

名主川さんは、工場長の話を聞くにつれ、昔の映画や音楽や本に興味を持ち始めたそうです。

「和菓子をつくったら銘をつけるんですけど、工場長のつける菓銘がとっても好きでした。例えば『すみれ』のお菓子に『乙女の唄』という銘をつけていたり。理由を聞いてみると、宝塚歌劇団で有名な『すみれの花咲く頃』といううたがルーツだったんです」

工場長のつける銘は、知らない言葉ばかり。わからないから調べることを繰り返すうちに、ルーツとなっている古い歌がどんどん好きになっていったと言います。

vol.1で紹介した『浜辺の歌』も言葉が美しく、聞いているだけで気持ちよいですよね。年を重ねるほど、昔のうたや懐かしいうたに心惹かれていきます」

そんな名主川さんがつける銘に惹かれて、和菓子を買っていくお客さんもたくさんいるのだそうです。

「なんでもないシンプルな羊羹でも、そこに例えば『吟遊詩人』という銘をつけると、さらに素敵に見えるでしょう。これが言葉の力です。もちろん、お菓子が美しくておいしいことが前提ですが、さらに色を加えるのが言葉だと思います」

アイディアの元の本の画像

「好きなもの」に囲まれた、名主川さんのご自宅をチラ見せ!

名主川さんの自宅には古い本や骨董品など、好きなものが所狭しと並んでいます。
中でもこだわりは「なんちゃって床の間」。

ひょうたんが描かれた手ぬぐい掛け軸写真

ひょうたんが描かれた手ぬぐいを掛け軸に見立てて、その下に古い椅子を置いて、生け花を飾っています。
「好きなものが集まっていると、見た瞬間に嬉しい気持ちになれるんです。他の部屋は日常に侵食されがちですが、ここだけは死守しています。古い本は、和菓子づくりの参考にもなりますが、並んでいるだけで美しくて、眺めているのも好きなんです」

インスタグラム用の写真撮影

名主川さんは、好きなものが集まった自宅で、毎日つくった和菓子をスマートフォンで撮影。
つくった本人だからこそ、見せたい部分や一番きれいに見える角度がわかると、あくまでも自分で撮影することにこだわっています。

お茶してる名主川さんの写真

撮影が終わったあとは、もちろんお茶と一緒に味見を。取材日は、デラウェアの入った道明寺羹。

キラキラとした見た目が涼やかで、ラム酒漬けにしたぶどうが味わい深い新作です。供するお茶は、まろやかな甘みの水出し煎茶。

「お茶はいつも煎茶かほうじ茶を飲んでいますね。実家が農家だったので、六月の収穫が忙しい時期には、一日中外にいるんです。十一時と十五時には『一服しようか』と言って、いつもお茶の時間がありました。子ども達は、走っておやつを取りに行ってましたね。だから、お茶の時間はとっても嬉しいものなんです」

そう話す名主川さんは、とても朗らかで幸せそう。お茶と和菓子がもたらす豊かな時間が背景に広がっています。

お菓子を食べる名主川さんの写真

名主川さんが発信する和菓子には、植物やうたなどの物語が必ず添えられています。

「自然、文化、郷愁。インスタグラムで和菓子を発信しようと思ったとき、この三つを取り入れようと決めました。これは、人が本能的に求めるものなのだそうです」

和菓子自体も、奇をてらったものではなく、定番の懐かしいと思えるものを心がけているそうです。作品ではなく、あくまでも「お菓子」であることにこだわります。

「やっぱり一番には『おいしそう』と思ってもらいたいですね。うたや物語は、さらなるスパイスとして捉えています。そのお菓子ができるまでの物語を知ることで、食べた時の味がちょっと変わると思うんです」

添える文章は、誰が見ても、誰が読んでも想像して楽しめることが大事。お菓子だけでなく、言葉を気に入って、フォローしてくれる人も多いそうです。

「私自身もつくられた意味を知りたいし、知ってほしいと思っているので、この活動は続けて行きたいですね。今、和菓子仲間で古いうたが好きな人に、自由律俳句の句会に誘われているんです。自分でつくったうたと和菓子のコラボレーションも面白そうですよね」

和菓子の素晴らしさを伝えたいと「うた」を題材に和菓子をつくり、発信し続ける名主川さん。これからの活躍も楽しみです。
(写真 平谷舞)

名主川千恵さんのInstagramアカウント
http://www.instagram.com/wagashinuna724

亀屋友永
【住所】京都市中京区新町通丸太町下る大炊町192
【電話】075-231-0282
【営業時間】9:00~18:00
【定休日】日曜・第3水曜

取材・文=大村沙耶
おおむらさや●月刊『茶の間」編集部員。福岡県北九州市出身。学生時代は剣道に打ち込み、京都に住み始めてから茶道と着付けを習い始める。ミーハーだけど、伝統文化と自然を愛する超ポジティブ人間。