門外不出!京都の老舗和菓子店に伝わる美しい菓子見本帳を特別公開

京都の老舗の和菓子店には、和菓子の形や色や銘を書いた見本帳が伝わっています。写真や動画がない時代の貴重な資料で、職人たちが活用してきたのでしょう。普段はなかなか見られない「俵屋吉富」と「とらや」に伝わる菓子見本帳を特別にご紹介。和菓子好きの方必見です!

俵屋吉富菓集
「俵屋吉富菓集」より

菓子見本帳とは?

和菓子の形や色、銘を書いたものが「菓子見本帳」です。写真や動画のない時代、お客様への商品見本帳(カタログ)、あるいは後継者への覚えにしたといいます。

季節ごとに趣向をこらした意匠や色。豆や芋など自然の恵みを用い、菓銘(かめい)をつけた京菓子は、目で愛で、舌で味わい、菓銘に風情を感じる、まさに五感で味わう珠玉の芸術品です。京菓子を創作する職人は、感性豊かなデザイナーであり、京文化の粋を知り尽くした教養人であることが求められます。

京都の老舗和菓子店に伝わる古い見本帳をめくると、心を込めて描かれたスケッチの数々に、先人の思いが伝わってくるようです。

「俵屋吉富」と「とらや」。老舗に伝わる菓子見本帳と現代に伝わる秋の和菓子を比較しながら、和菓子の作り手の変わらない思いを読み解いていきましょう。

俵屋吉富に伝わる菓子見本帳

俵屋吉富の菓子見本帳

上京区にある俵屋吉富は、江戸時代の宝暦5年(1755)創業の京菓子司です。ここには、「俵屋吉富菓集」が伝わっています。これは7代目当主の石原留治郎(とめじろう)が昭和初期につくったもの。留治郎の孫に当たる現当主の石原義清(よしきよ)さんによると「祖父は凝り性で、絵心があり、書も上手でした」とのことですが、色鮮やかに描かれた一つひとつの絵から京菓子への愛情とこだわりが伝わってきます。

秋の菊菓子を「着せ綿」に

着せ綿

和菓子の世界では9月と10月は菊をかたどった菓子が多い季節。上にあげた見本帳の「菊紅葉」は、黄色の菊と、赤くなり始めた紅葉を表現しているのでしょう。

今はこのお菓子をもとに、9月9日の重陽の節句にちなんだ「着せ綿」がつくられています。かつて宮中では重陽の日の前日(9月8日)、菊に真綿(まわた)を一晩のせ、翌日の9月9日、その露でからだを拭い、菊の薬効で無病息災を願ったという習慣があり、その真綿をのせた菊を表現したこなし製の生菓子です。

芸術家の表現を写す「光琳菊」

光琳菊

尾形光琳(おがたこうりん)の菊の図案として知られるのが「丸の中央に小さな点」だけで菊を抽象的に描いた「光琳菊」。見本帳の「光琳菊」は光琳の意匠をそのまま菓子に写しとって表現したもので、蕎麦じょうよに菊の葉をあしらい、上に小豆をのせて仕上げています。上から見るとまさに「丸に点」。現在の「光琳菊」は芋と米粉の皮で餡を包み、小豆の替わりにこなしで花芯を中央に添えていますが、形も菓銘も当時のものを引き継いでいます。

あでやかな菊の「大輪」

大輪

見本帳に大輪の菊がピンクで描かれ「君が代」の菓銘がつくこのお菓子。昭和初期に見本帳の菓子を描いた留治郎が、皇室の菊の御紋をイメージして創作したものと思われます。筆づかいを見ると、見本帳の菊の花の部分はきんとん製のようですが、現在の「大輪」は、小麦粉ともち粉と餡を混ぜて蒸したこなし生地で餡を包み、こなしの花芯を添えています。

俵屋吉富 本店
【住所】京都市上京区室町通上立売上ル
【電話】075-432-2211
【営業時間】8:00~16:00
【定休日】日曜・水曜
【HP】https://kyogashi.co.jp

とらやに伝わる菓子見本帳

とらやの菓子見本帳

室町時代後期に京都で創業した老舗「とらや」は、江戸時代から昭和に至る43点もの自店の菓子見本帳を所蔵しています。中でも元禄8年(1695)のものは、日本における現存最古の見本帳だとか。菓子見本帳は「商品カタログ」のようなもの。元禄時代の顧客も見本帳を繰りながら、お菓子の注文をしていたのでしょう。今回は、とらやの見本帳の集大成と位置づけられる大正7年(1918)の見本帳から、今に伝わる生菓子を紹介します。

栗節句にいただく「重陽」

重陽
※2020年9月7日〜9日発売。写真は御殿場店・京都地区で販売予定の羊羹製「重陽」。東京地区は桃山製。

9月9日は重陽(ちょうよう)の節句です。陰陽思想では奇数は「陽」の数字とされ、その中でも最大の「9」が重なる日が「重陽」とされました。旧暦では菊の季節なので「菊の節句」ともいわれましたが、栗が収穫される時期でもあるため「栗節句」とも呼ばれて、この日に栗を食べる習慣もあったとか。

栗のかたちそっくりのとらやの「重陽」は、栗餡を羊羹製生地(餡に小麦粉・寒梅粉を混ぜ、蒸してもんだもの)で包み、下のほうにケシの実をあしらった生菓子で、9月の重陽の節句の頃だけ限定販売されます。見本帳には、現在の「重陽」とそっくりの絵が描かれていて、伝統が誠実に受け継がれていることに感動します。

桔梗を写した「ゆかりの秋」

ゆかりの秋
※2020年9月16日〜30日販売。

「ゆかりの秋」は大正7年の「型物御菓子見本帖」に描かれているお菓子。二輪の桔梗の花につぼみを添えたデザインで、白餡を羊羹製の生地、こなし生地で包んだ生菓子です。菓銘は、古今和歌集の歌にちなみ、紫色を意味する「縁(ゆかり)の色」からつけられています。

秋の七草のひとつである桔梗(ききょう)は、万葉集で詠(うた)われたり、家紋などにも使われたり、古くから日本で愛されてきた花です。桔梗には白い花もあり、見本帳で五弁が白く彩色されているのは、その表現でしょうか。

栗の香りを楽しむ「栗粉餅」

栗粉餅
※2020年9月4日より順次販売開始〜10月31日。

大正時代の見本帳に記載されていますが、菓銘は元禄13年(1700)の記録にも見られる、由緒あるお菓子です。旧暦の9月9日・重陽というと2020年なら10月下旬にあたる頃。とらやの栗菓子は、その年に採れる厳選された新栗を使っています。裏ごしした栗と白餡を混ぜた生地をそぼろにして、求肥で包んだ餡のまわりに丁寧に箸で付けています。

十五夜とも呼ばれる中秋の名月は「芋名月」ともいわれますが、そのほぼ1カ月後の旧暦9月13日の月を「十三夜」や「栗名月」と呼んで、ともに楽しむものでした。栗名月は、2020年は10月29日。9月から10月にかけて長く楽しめるお菓子です。

とらや 京都一条店
【住所】京都市上京区烏丸通一条角広橋殿町415
【電話】075-441-3111
【営業時間】9:00〜18:00
営業時間は公式ホームページをご確認ください。
【定休日】不定休
【HP】https://www.toraya-group.co.jp

終わりに・・・

美しく、繊細に描かれた和菓子の絵からは、和菓子を慈しむ職人たちの想いが伝わってくるようですね。

先人たちの想いを現代に伝える、美しい長月の和菓子を、秋のお茶のひとときにぜひ味わってみてください。

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(取材・文/中岡ひろみ)

企画・構成=大村沙耶
おおむらさや●月刊『茶の間」編集部員。福岡県北九州市出身。学生時代は剣道に打ち込み、京都に住み始めてから茶道と着付けを習い始める。ミーハーだけど、伝統文化と自然を愛する超ポジティブ人間。