話題映画「すばらしき世界」の制作秘話を西川美和監督にインタビュー!

第56回シカゴ国際映画祭で二冠を達成した、映画「すばらしき世界」。これまで、オリジナル脚本で高い評価を得てきた西川美和監督が、今回、初めて実在の人物をモデルとした原案小説をもとに脚本・映画化に挑戦。監督に、制作秘話や作品への想いをお聞きしました。

主人公の三上を演じるのは、本作で第56回シカゴ国際映画祭インターナショナル・コンベンション部門、ベストパフォーマンス賞を受賞した役所広司。腕っぷしの強さを頼りに、裏社会を生き抜いてきた“ならず者”が、実社会で、なんとかまっとうに生きようと悪戦苦闘する姿を好演。
主人公の三上を演じるのは、本作で第56回シカゴ国際映画祭インターナショナル・コンベンション部門、ベストパフォーマンス賞を受賞した役所広司。腕っぷしの強さを頼りに、裏社会を生き抜いてきた“ならず者”が、実社会で、なんとかまっとうに生きようと悪戦苦闘する姿を好演。
西川美和監督
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西川 美和 (にしかわ・みわ) 監督

映画監督・脚本家。1974年広島県生まれ。学生時代より映画製作を志し是枝裕和監督に意気込みを見いだされる。『蛇イチゴ』(02)でオリジナル脚本・監督デビュー。第58回毎日映画コンクール・脚本賞を受賞。以後、『ゆれる』(06)『ディア・ドクター』(09)『夢売るふたり』(12)『永い言い訳』(16)などで監督を務め、国内外から高い評価を得ている。映画『すばらしき世界』の発案から公開直前まで、約5年の思いを綴ったエッセイ集「スクリーンが待っている」が発売中。

「人間のエグさと、社会の優しさ、美しさの両面を描いてみました」

—— この度は、第56回シカゴ国際映画祭の観客賞の受賞、おめでとうございます。

ありがとうございます。今年はコロナ禍で、完全なオンライン映画祭でしたから、アメリカ全土の皆様が応募してくださったと思うと、特別に感慨深いものがありましたね。

 

—— 学生時代から、映画にご興味をお持ちでいらしたそうですね。

はい。それで、就職活動をするときに、文章を書く仕事か映画をつくる仕事かと悩みまして。体力があるうちに、映画の方にチャレンジしてみようと思いました。そして是枝裕和監督の下につけさせていただいたことから、ほかの映画でも助監督をやらせていただく中で、将来的には監督を目指して、シナリオも書いてみたいと思ったんです。

 

—— シナリオの執筆を始めると、24時間そのモードになってしまうとのことですが……。

そうなんですよ(笑)。いくつかの事柄と並行しながら、仕事していくという事が苦手で。執筆中は実家に缶詰めになって、ずっと作品のことを考えながら少しずつ脚本を書いていくというのが、今のスタイルなんです。

西川美和監督
「シナリオを書くには、出来るだけいろんなところに自分の足で歩いていって、話を聞き、リサーチしてっていうのが、私としてのつくり方かなあと思います。」

「いつかご一緒に」という言葉を真に受けて

——『すばらしき世界』では、初めて、実在の人物を描いていらっしゃいますね。

原案となった佐木隆三さんの、『身分帳』という小説は、刑務所に長く入っていた男が、社会で自分の人生をやり直そうといくつかの壁にぶつかりながら、懸命にもがくという話です。こんな風に犯罪者を一人の人間として、あたたかい視点で書かれたものに触れたことがなかったものですから、とても新鮮で興味を持ちました。それで初めて、自分のオリジナルでないものを手掛けてみようという気になったんです。約35年前の事柄を現代に置き換える作業も、調べて書くのが好きなので、それほど苦労ではなかったですね。

すばらしき世界

—— 状況はとてもシリアスなのに、主人公に対する寄り添い方がとても優しい作品ですね。
そして、主人公・三上を演じられた役所広司さんも素晴らしかったです。

役所さんは、以前から年賀状に「いつかご一緒したいですね」って書いてくださっておりましたので、私はもう、その一行を真に受けてですね(笑)、それだけを頼みの綱にして出演をお願いしました。

役所さんは、信条とか役が感じていることとかよりも、役をからだに染み込ませるところから始められる俳優さんでしたので、脚本の一行目から、思い切って、難しいお芝居の表現を、たくさん書かせていただけたような気がします。

 

——— マスコミ側の2人の存在も印象的でしたね。

今、人の不幸を娯楽みたいにしている風潮がありますよね。そういうマスコミの視点を、ある種の案内人にしながら、三上という人に観客の目をひきつけていければいいなあと思いました。

すばらしき世界
クールでやり手のプロデューサーの吉澤(長澤まさみ・左)は、三上の取材対象としての面白さに目をつけ、ウケを狙った番組をつくるために、言葉巧みに、テレビマンの津乃田(仲野太賀・右)をそそのかします。三上の複雑さに触れるうちに、人生観に関わるほどの衝撃を受ける津乃田。

人が目をつけない小さな芽に気づきながら

—— タイトルを『すばらしき世界』となさったのは?

もちろん、人間のエグみみたいなものも描いてはいるんですけど、人間社会のあたたかさ、やさしさ、美しさなど、その両面を描いたつもりです。そのあたりを楽しみながら観ていただけたらと思っています。私にとっては、すべてのシーンが愛おしいんです。

 

—— 今後は、どんな方向で映画をつくっていかれますか?

自分が興味のあるものに関して、調べたり、本を読んだりするところから始めることになりますので、今のところ白紙なんです。でも、これからも、人が目をつけていない小さな芽に気づきながら、映画づくりをやっていければと思います。

「すばらしき世界」のストーリをチラ見せ!

すばらしき世界

雪の降りしきる北の大地、旭川刑務所の鉄の扉から、13年ぶりに1人の男が出所してきました。人生の大半を刑務所に服役してきた三上正夫(役所広司)は、「今度こそは堅気に!」と意気込み、新たな社会復帰を目指すことを決意します。彼は、身元引受人夫妻(橋爪功・梶芽衣子)やケースワーカー(北村有起哉)、スーパーの店長(六角精)などの応援を受けながら、再就職のための社会福祉課や免許の再発行を求めて教習所を訪れますが、なかなか思うようにいきません。そんな悪戦苦闘する三上の姿を、面白おかしくテレビの番組にしようと、テレビマンの津乃田(仲野太賀)と吉澤(長澤まさみ)が近寄ってきます。2人は、三上の、短気だけれど実は優しくまっすぐなあまり、社会のレールから外れてしまう過去や今を追ううちに、彼の思いもよらない行動や事柄を目撃することに。社会の片隅で生きる人間の「小さなやり直し」は、はたして……。

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脚本・監督:西川美和
原案:佐木隆三著『身分帳』(講談社文庫刊)
出演:役所広司、仲野太賀、六角精児、北村有起哉、白竜、キムラ緑子、長澤まさみ、安田成美/梶芽衣子 橋爪功
配給:ワーナー・ブラザース映画
©佐木隆三/2021『すばらしき世界』製作委員会https://wwws.warnerbros.co.jp/subarashikisekai/

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社会のレールを外れた男の、愛しく切ない、小さなやり直し

観終わったあとの、軽い疲れをともなった余韻と安堵感。この作品から受け取ったものは、偽善のかおりが微塵もない、不思議な“優しさ”でした。

直木賞作家・佐木隆三が、実在の人物をモデルに描いた小説『身分帳』を原案に、西川美和監督が徹底した取材を通し、舞台を約35年後の現代に置き換えて、脚本・映画化に挑んだ作品です。第56回シカゴ国際映画祭で観客賞を、主演の役所広司が、最優秀演技賞に当たるベストパフォーマンス賞を受賞しました。

幼年時代から、児童養護施設、少年院、刑務所を出たり入ったりしながら生きてきた主人公の三上は、「今度こそは堅気に……」と覚悟を決め、自分らしい生き方と、新たな仕事を求めて奔走します。この作品に優しさを感じるのは、犯罪者が、どんなきっかけで凶悪な事件を起こしたのかという事ではなく、刑務所暮らしの長い犯罪者が、社会に出て、なんとか自分の人生をやり直そうとする、その日常を描いているからかもしれません。

すばらしき世界

他人の苦境を見逃すことができない、まっすぐで正直な正義感の持ち主でありながら、一度ブチ切れると、手が付けられなくなるトラブルメーカーの主人公。役所広司が、ある種の凄みを感じさせる一方、どことなくユーモラスな愛嬌を持って演じています。

彼が接する、さまざまな人間模様のきめ細かさ、今どきのマスコミのあざとさなどが、ていねいに描かれている中、ときおり胸を突かれるような感動を覚えるシーンに魅せられます。たとえば、彼の育った養護施設を尋ねて、子どものときに覚えた歌を歌うシーン。刑務所で身に着けたミシンを、器用に使いこなす姿。社会では自分の正義だけではなく、ときには我慢しなければいけないこともあると悟ったときの表情。そして自転車のカゴに入れたコスモスの花など。物語のラストは、観る人の価値観や人生観によって、解釈が違ってくるであろうと思わせる奥深さも、秀逸です。ぜひ劇場でご覧ください!

(文・あさかよしこ/取材写真・海老澤 芳辰)

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企画・構成=大村沙耶
おおむらさや●月刊『茶の間」編集部員。福岡県北九州市出身。休日は、茶道や着付けのお稽古、キャンプや登山に明け暮れる。ミーハーだけど、伝統文化と自然を愛する超ポジティブ人間。