掛軸ってどう見るの? 床の間の美術・表具がわかる5つのポイント

美術品の1ジャンルである掛軸(表具)。その美しさの陰には、京都の歴史の中で受け継がれてきた表具師の技があります。主役である書や画を理解した上で表具に仕上げる。表具がわかれば、作品への理解が深まるはず。今こそ知りたい表具の世界をご紹介します。

表具

教えてくれた人

田中 浩さん

京都表具協同組合専務理事・京表具
田中尚仙堂 五代当主
田中 浩さん
◉京都市下京区東本願寺近くにある京表具「田中尚仙堂」の当主。大学卒業後、父である先代・幸太郎氏に師事し、1995年に五代目を継ぐ。家業の仕事とともに、京都表具協同組合専務理事として京表具の発展に尽力している。

そもそも表具とは何でしょう?

私たち表具師の仕事は、技術はもちろんですが、本紙(ほんし・表具をする書画)、表具に使う裂地(きれじ)や紙のことなど、豊富な知識が求められます。

注文主の方から、この本紙を表具にしたいという依頼を受けると、表具師はその本紙についてまず考察します。書であれば言葉の意味、画であれば何を表しているのかを読み取ります。

次に取り合せを考えます。

取り合せというのは、本紙の持つ意味によって、表具の様式、裂地の組み合せや配色、寸法などを選定するもので、表具をする上でもっとも重要な工程です。 

伝統的な表具の場合、この取り合せを含めて、すべて表具師におまかせということが多く、表具師の責任も重いといえます。

心洗

「表具は本紙に着せる衣装。主役はあくまで本紙であって表具は名脇役であるべき」ということを父親から教えられましたが、取り合せは本紙との真剣な対話であり、その選択には必ず理由があって、なんとなく決めるというものではありません。

たとえば書の場合なら、その書の意味、作者、書風、墨の濃淡、紙質や紙の色まで、あらゆる視点を考慮して、裂地を選び、組み合せを決めていきます。

 

力強い書体であれば、重厚感のある裂地を、草書のようにやわらかい書体であれば、繊細でやさしい裂地を取り合せたり、あえてその逆を選んだ方が気の利いた表具になるなど、無限の組み合せから、たった一つの最高の取り合せを見つけ出すことが、表具師の重要な役目となるわけです。

取り合せが決まると、本紙や裂地の裏に水で薄めた糊を刷毛で撫で付け、打刷毛(うちばけ)という大きな刷毛を打ちつけながら圧着させる「裏打ち」、それを板に貼って乾かす「仮張り」という工程を重ねて、和紙の繊維の伸び縮みを利用しながら、表具にしなやかさと張り、強度を持たせていきます。

表具は季節を先取りして、短い期間、床の間を飾るもの。箱から出して、床の間に掛けたとき、巻き癖がなく、すうっと掛かるものが、よい表具だといえるでしょう。そのために表具師は持っている技術を駆使します。

伝統的な表具は、決まりごとと形式を守り、その上で、本紙と裂地の調和を重んじます。一方、現代的な表具では、本紙も裂地も双方が主役となるような取り合せなど、個性を重視する表具もあります。表具の新しい領域への広がりと可能性を感じることができると思います。

掛軸の様式と各部の名称

掛軸の様式と各部の名称

掛軸の様式と各部の名称

表具には大和(やまと)表具、仏(ぶつ)表具、茶掛(ちゃがけ)表具などさまざまな様式があります。

左図は、大和様式の「三段表具」といわれる一般的な表具の様式です。

表具を見るポイントはここ!

表具を見るポイントはここ!
荷風送香氣

表具を見るポイントはここ!

表具を見るポイントはここ!
京表具師の見どころ

「『荷風送香氣、竹露滴清響(荷風香氣を送り、竹露清響を滴らす)』から取った一行書。『荷風送香氣』とは、池の蓮の上を抜けてきた風が、ほのかな香りを運んでくる様子を表しています。この季節にふさわしい一行書といえるでしょう。大徳寺表具といわれる表具には、納戸地、または紺地の竹屋町金襴という裂地を使うのが定石となっています。わびさびの精神と季節感を融合させました」

表具表現の新たなる世界「飄々表具」

「劇場」「海景」などの写真シリーズで世界的に知られる現代美術作家、杉本博司氏。自身が独自の感性で仕立てた「杉本表具」といわれる表具の作品と細見コレクションとが競演する初の試み、【飄々表具─杉本博司の表具表現世界─】が現在、開催されています。茶の湯にも造詣が深い現代の数寄者、杉本氏の美意識が隅々まで息づく新たなる表具の表現世界に触れてみましょう。

「華厳滝図」 杉本博司
「華厳滝図」 杉本博司
「華厳滝図」 杉本博司

杉本氏が日光・華厳の滝の前でカメラを構えていると、立ち込めていた霧がほんの一瞬、晴れて、眼前に滝が現れた。その瞬間をとらえた写真をリトグラフ(石版画)で紙に転写したものを表具にした。本紙の白黒の濃淡がやわらかくなり、まるで水墨画のような仕上がりとなっている。

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京表具師の見どころ
福島絹

「古福島というのは、福島絹(ふくしまぎぬ)の古い時代の裂地で、ショールなどの素材になり、表具においては裏側の上巻きという箇所に使う裂地です。手揉み和紙の揉み紙(もみがみ)のような風合いを生かしたモダンな雰囲気になっています。
絓(しけ)はお茶掛けなど質素を好む表具に用いられます。本紙に、引き込まれるような深遠な世界が満ちていて、モダンでありながら、わびさびの精神が非常によく表されており、クラシックな王道の茶掛表具の魅力も持ち合せていると思います」

細見美術館では、杉本氏とのコラボレートによる「味占郷─趣味と芸術」(2016年)と「末法」(2017年)の二つの展覧会を、開催しており、この「飄々表具」は3回目の企画展となります。

「足利将軍家に仕えた同朋衆室町時代以降、将軍のそばにあって、雑務や芸能の任を与えられた人々)には、唐物中世から近世にかけて尊ばれた中国から渡ってきた美術品など)の目利きと表具をする仕事がありました。特に義政の時代、能阿弥室町時代の水墨画家、茶人、連歌師、鑑定家、表具師)による東山御物室町幕府八代将軍・足利義政が収集した絵画・茶器・花器・文具などの総称)の選定は、目利きと表具が一体であったことを、その名品たちから窺い知ることができます。今、表具という伝統は風前の灯火となりつつあり、日本人が畳と床の間の生活から離れて、表具を鑑賞する楽しみを、和室から美術館に移してしまった感があります。この展覧会では、表具の持つ表現の可能性を探り、改めて和の空間の美意識について考えてもらうきっかけになればと思っています」(杉本氏)。

同展では、大和絵や墨跡などと古裂との取り合せの妙はもちろん、現代美術や西洋美術の表具表現にまで深く切り込んでいます。紀元前1400年のエジプトの死者の書から、現代の白髪一雄、アンディ・ウォーホルにいたるまで、杉本氏自身が〝常軌を逸した〟と評する、自在な取り合せを楽しんでみてください。

パッションを感じさせる赤+赤。力強い赤尽くし

「墨筆抽象画」 白髪一雄

パッションを感じさせる赤+赤。力強い赤尽くし

「クリムゾンレーキ」という赤色絵具を用いていた現代作家の白髪一雄。彼にとって赤色は特別な色であったことから、杉本氏はこの作品の表具に、茜色の裂地を使うことで、表具全体で白髪一雄の世界を表現している。

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京表具師の見どころ
墨筆抽象画

「中廻しも上下も、赤系統の同系色の裂地を使っていますが、よく見ると同じ赤でも微妙な色の違いがあり、作者のパッションを生かしながらも、非常に繊細で、計算された取り合せだと思います」

ポップアートの感性と貴重な裂地との印象深い出逢い

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ポップアートの感性と貴重な裂地との印象深い出逢い

本紙はある旅館の宿帳に記されたアンディ・ウォーホルのサイン。一文字部分は、近代書家・古筆研究家として名高い田中親美(しんび)が、細部に至るまで寸分違わぬよう制作を試みた「平家納経 陀羅尼品 第二十六」の表紙の模写。上下は緑地入れ子菱紋羅を取り合せている。

京表具師の見どころ

「伝統的な表具の中で、代表的な三段表具の様式と全く異なる自由な様式の表具です。本紙の回りがフレームのように見えて、本紙をよく引き立たせています。モダンな本紙に貴重な「平家納経」の裂地模本を合せるという大胆な取り合せは、シンプルな中に、深みや奥行きを感じさせて、非常に印象深い表具だと思います」

 

※1 平安時代、平家一門が一族の繁栄を祈願し、厳島神社に奉納した経典の総称。

高貴な人物をリスペクトする心情を表現

「弘法大師 行状絵巻」 室町時代 個人蔵 一文字・風帯:白茶地花木紋刺繍裂(しらちゃじかきもんさしぬいぎれ)/中廻し:深緑地入れ子菱紋羅(ふかみどりじいれこひしもんら)/上下:深緑地羅(ふかみどりじら)/軸先:黒塗頭切軸(くろぬりずんぎりじく)

高貴な人物をリスペクトする心情を表現

本紙は玉堂寺の僧、珍賀が、大師の受法をそねんだことを後悔し、大師に謝るという場面。色合いのバランスが美しい裂地を取り合せている。

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京表具師の見どころ
中廻しの紋羅

「中廻しの紋羅という裂地は、公家など高貴な人の冠に使われており、また菱型の紋様も非常に高貴なものです。弘法大師への尊敬の念を感じさせる取り合せです。一文字はおそらく小袖から取った裂地でしょう。中廻しの裂地が一見、無地に見えるのですが、一文字を華やかに際立たせる効果がありますね」

杉本博司

杉本博司●すぎもとひろし
1948年、東京生まれ。1970年渡米。1974年よりニューヨーク在住。写真、演劇、造園、建築など多岐に渡る分野で活動している。1988年毎日芸術賞、2010年紫綬褒章。2017年文化功労賞など受賞。

飄々表具 ─杉本博司の表具表現世界─ 細見美術館 4月4日(土)~9月6日(日) ※会期中、展示替え有り

【住所】京都市左京区岡崎最勝寺町6-3
【時間】10:00〜18:00(入館は17:30まで)
【休館日】月曜(祝日開館、翌平日休館)
【料金】一般1,400円、学生1,100円
【HP】https://www.emuseum.or.jp

終わりに・・・

床の間を飾る美しき表具の世界、いかがでしたか?
掛け軸は、パッとみただけでは分かりにくいですが、鑑賞ポイントをわかってみてみると、隅々にまで張り巡らされた知識や美意識に、きっと驚くはずです。
これから表具(掛け軸)を鑑賞する際の参考にしてみてくださいね!

企画・構成=大村沙耶
おおむらさや●月刊『茶の間」編集部員。福岡県北九州市出身。学生時代は剣道に打ち込み、京都に住み始めてから茶道と着付けを習い始める。ミーハーだけど、伝統文化と自然を愛する超ポジティブ人間。