十五夜を芋名月と呼ぶのはなぜ?京都流の月の楽しみ方がすごい!

最近、月を見ましたか? 夜空にぽっかりと浮かんで、誰でも公平に楽しめる月。実は京都には「月」の楽しみ方がたくさんあるんです! 名月スポットから、月見行事、京町家の月のしきたりまで、京都流のさまざまな月の楽しみ方をご紹介します!

夜空の写真
雲間から現れる中秋の名月。社寺の建築を背景に、雲の流れに見え隠れする名月を眺めるのは、京都ならではの風情といってよい。相国寺にて撮影。(写真/中田 昭)

【大覚寺/観月の夕べ】
月を愛でるためにつくられた大沢池で、水に揺らぐ名月を眺める

【大覚寺/観月の夕べ】
月を愛でるためにつくられた大沢池で、水に揺らぐ名月を眺める

大覚寺の観月の夕べの写真
【大沢池】旧嵯峨御所大本山大覚寺の東にある周囲約1kmの池。「庭湖」とも呼ばれる。周囲には茶室や石仏、もみじロード、名古曽(なこそ)の滝跡などがあり、国指定の名称となっている。

夜空の名月ばかりではなく、水面(みなも)に映り、揺らぐ月を愛でた平安人。そんな名月を映すスポットとして、京都の大沢池(おおさわのいけ)や広沢池(ひろさわのいけ)は、平安時代から観月の名所とされてきました。

なかでも大覚寺にある大沢池は、平安時代初期、嵯峨天皇が嵯峨野(さがの)の地に離宮を造営したときに、中国の洞庭湖(どうていこ)を模してつくった日本最古の人工池泉(ちせん)。まさに月や花を愛でる風雅の遊びのためにつくられたともいえる池なのです。

中国の宮廷では、洞庭湖に異形(いぎょう)の動物の頭の飾りをつけた舟を浮かべて舟遊びをしたそうですが、それにならって、大覚寺には龍頭(りゅうとう)舟と鷁首(げきしゅ)舟が、観月の行事に登場します。嵯峨天皇もこうした舟をここに浮かべ、空と水面と、2つの月を楽しんだに違いありません。

旧嵯峨御所 大本山大覚寺
【住所】京都市右京区嵯峨大沢町4
【電話】075-871-0071
【時間】9:00~17:00(受付 16:30)
【料金】大覚寺お堂エリア500円・
大沢池エリア300円
【HP】https://www.daikakuji.or.jp
※2020年は新型コロナ感染拡大防止の影響で、規模を大幅に縮小して開催予定。最新情報はHPでご確認ください。 

【下鴨神社/名月管弦祭】
管絃と舞と名月を平安貴族さながらに楽しむ(※2020年は非公開)

【下鴨神社/名月管弦祭】
管絃と舞と名月を平安貴族さながらに楽しむ(※2020年は非公開)

下鴨神社の名月管弦祭の画像
【名月管絃祭 】平安時代からの伝統があり、昭和38年から一般に公開されている。例年は17:30より橋殿で祭典が行なわれ、神事後に舞楽などが2時間にわたって奉納される。2020年は新型コロナウイルスの影響により規模を縮小し、一般非公開に。(写真/中田昭)

平安時代に行なわれた月の宴は、詩歌や管弦をともなった優雅なものだったとか。それを彷彿とさせるのが下鴨神社の名月管絃祭です。

例年、中秋の名月の日、拝殿には月の出る東に向かって、ススキや御神酒、秋の収穫物が供えられます。境内にはかがり火が焚かれて、雅楽や舞楽が奉納されます。

舞台も半ば、目や耳を楽しませてくれる美しい衣装や舞楽に見とれつつ、ふと目を遠くにやると、社殿の向こうの森の梢から中秋の名月がぽっかりと現れます。現世を忘れて幽玄の世界にひたることのできるひとときを過ごせます。

下鴨神社
【住所】京都市左京区下鴨泉川町59
【電話】075-781-0010
【参拝時間】6:30~17:00
【HP】https://www.shimogamo-jinja.or.jp 

※2020年は新型コロナウイルスの影響により大幅に規模を縮小して開催するため、一般の見学は不可。

【北野天満宮/明月祭】
秋の収穫物をお供えし静かに祈る名月の夜(非公開)

【北野天満宮/明月祭】
秋の収穫物をお供えし静かに祈る名月の夜(非公開)

北野天満宮の明月祭の画像
写真/中田昭

御神前に収穫物を供えて名月の祭祀を行なうのが北野天満宮の「明月祭」。例年一般公開はなく、神職が厳粛に神事を斎行します。お供えの中央は月見団子ですが、その両側に、里芋の上にずいき(芋茎)を束ねたものが屹立(きつりつ)する姿がユニーク。ずいきとは、里芋などの芋の茎のこと。野菜や乾物で飾った御輿(みこし)で10月初めに「ずいき祭」を行なう神社ならではのしつらえでしょうか。

「海ならず 湛(たた)へる水の 底までも 清き心は 月ぞ照らさむ」(『新古今和歌集』)の歌のように、月に寄せる思いも人一倍だった菅原道真公を祀る北野天満宮では、名月の宵の時間はしっとりと静かに流れます。

北野天満宮
【住所】京都市上京区馬喰町
【電話】075-461-0005
【参拝時間】9:00~17:00
【HP】http://www.kitanotenmangu.or.jp

「西陣くらしの美術館 冨田屋」当主に聞く
 芋名月の楽しみ方

「西陣くらしの美術館 冨田屋」当主に聞く
 芋名月の楽しみ方

冨田屋(とんだや)  第13代当主
田中峰子さん

西陣の老舗呉服商「冨田屋」に嫁ぎ、家業を継ぐとともに着物マナースクールを設立。大学講演などでも和の伝統文化を発信する。冨田屋が国の登録有形文化財の指定を受けてからは「西陣 くらしの美術館」として公開している。

田中峰子の画像
田中峰子の画像

芋名月ってなに?

中秋の名月(十五夜)の日には、月見団子をお供えするイメージがあります。しかし本来は芋、それも里芋を供えるものでした。そこから「芋名月」の別称が生まれました。

中秋の名月は、旧暦8月15日の日と決まっています。旧暦は月齢に対応した暦なので、毎月15日前後は必ず満月でした。今年の中秋の名月は10月1日ですが、まさに作物の収穫の時期。秋の澄んだ夜空に煌々(こうこう)と輝く月に収穫物を供えて祝ったのが中秋の名月だったと理解できます。

芋名月の画像

宮中のしきたりを記録した『御湯殿記(おゆどのき)(お湯殿の上の日記)』に「名月御祝、三方(宝)に芋ばかり高盛り」という記録があったり、江戸初期の俳諧に「雲霧や芋名月のきぬかつき」(『犬子集(えのこしゅう)』)などと詠われたり、昔は名月に芋を供えるのは普通の感覚でした。今も格式ある神社では秋の収穫物とともに、里芋は必ずお供えされるはずです。

 現在も京都の白い月見団子は、里芋の形に似せた餅の上に小豆餡を載せていて、里芋を供えた時代の名残が見られます。そんななか、京の町屋でも昔からのしきたり通りに、今も名月に里芋をお供えしているのが、江戸時代から続く旧家の冨田屋です。冨田屋では十五夜にお団子を供える習慣はなく、「里芋を供えるもの」と決まっているそうです。

芋名月の画像
秋の十五夜の日は、お月様に里芋を供えるのが冨田屋のならわし。三宝に和紙を敷き、御神酒と里芋をのせる。里芋は奇数の13個。三宝はお月様の見える窓辺に置き、ススキや秋の七草などの花を生けて、脇に供える。

月見のしきたり

 「この家で、祖母、母から引き継いできた習慣を今も続けています」と語る冨田屋13代当主の田中峰子さん。中秋の名月の日は、三宝に御神酒と里芋を載せ、まず蔵(くら)にいる神様に供えて拝み、そのあと、月の見える縁側に運び、秋の七草を添えて飾ります。そして家族全員でその前に座り、当主が「月々に〜、月見る月は多けれど〜、月見る月は、この月の月〜」という詠み人知らずの歌に抑揚をつけて歌い、皆で手を合せて拝むのが冨田屋のならわしです。

 「お供えの里芋は13個。それを和紙を敷いた三宝に積み上げるんです」。そして芋名月のほぼ1ヵ月後の旧暦9月13日には「十三夜」を祝います。「十三夜は豆名月とも栗名月ともいい、うちでは小豆を供えます」。

月見のしきたりの写真
芋名月の約1ヵ月後の豆名月(十三夜)の日には、十五夜と同じようなしつらえで、里芋の替わりに小豆と御神酒を月に供える。

そして「かつては、お供えの里芋に割り箸で穴をあけ、その穴からお月様を覗いたりもしたとか」と、そのしぐさをする田中さん。後陽成(ごようぜい)天皇の時代に供物の茄子に穴を開けて名月を覗いたという記録がありますが、それが今も町家に伝わっていました。

 このように、名月の行事にさまざまなしつらえをして、家族全員で祝ったのも、かつては今以上に月を大切に思う気持ちがあったからだといえるでしょう。「お月さんがあってこそ、うちらは夜が暮らせたんです」と田中さんは言います。電気のない時代、人々にとって月は、今よりずっと大きな存在でした。冨田屋で十五夜の行事が長く守り伝えられてきているのも、単に美しいだけではない、名月への祈りや願い、感謝があってこそのことなのだとか。「ありがとう、お月さん」と名月を拝む町家の中秋の名月は、かつての人々の月への思いと自然への感謝の心を思い出させてくれます。

月見のおさがりを食べる

冨田屋では、十五夜でお供えした里芋は、あとで煮たり炊いたり、あるいは茹でて粉と混ぜてお団子にすることもあったそうです。また、豆名月にお供えした小豆は、甘く煮たり、お団子に入れたりと。いずれも、神棚や仏壇へのお供物と同じように、名月に供えた「おさがり」として、家族でいただくものだったそうです。

さて、冨田屋の名月のお茶席では、十五夜にちなんだ料理をつくります。

「旬のお野菜を薄味でいただくのが一番の贅沢だと、お祖母さんがよく言っていました。うちでつくる料理は、昔ながらの質素倹約で、料亭のように高価な材料ではないですが、旬の材料で心を込めてつくります」と語る田中さん、その料理を披露してもらいました。

月見の料理画像
お月見にちなんだ料理をお茶席の点心に仕立てたもの。手前の八寸には里芋、黒豆、万願寺唐辛子。お弁当箱には旬の野菜の煮物、豆ごはん、名月に見立てた茹で卵や胡麻豆腐など。汁ものの豆腐も満月のかたちに。

八寸の里芋は皮ごと茹でて上のほうだけ皮をむき、田楽味噌を添えてあります。下の皮を指でつまめば、お芋がきゅっと口に中に入るとか。茹で卵には叢雲に見立てたそうめんをあしらい、汁椀の豆腐は丸く型抜きして、遊び心もたっぷり。旬の京野菜の煮物、枝豆、小豆ご飯など、ごく普通の材料をていねいに使う贅沢と、縁起のよい五個を松葉に刺した黒豆、無病息災を祈って菊の型抜きをした胡麻豆腐など、町家に伝わる庶民の願いと祈りがさりげなく盛り込まれています。ぜひその意味を知って味わいたいお料理です。

月見のしつらえ・月見茶会

月見のしつらえ・月見茶会の画像
茶室の床の間は、大きく「月」と墨書された掛け軸にかけ替えて、キキョウ、ワレモコウなどの秋の花を添える。

かつての町家暮らしでは、季節ごとの家のしつらえに工夫を凝らしました。冨田屋では夏を迎えるにあたっては、畳の上に網代(あじろ)を敷き、障子はよしず障子に取り替え、縁先には簾(すだれ)を吊るします。京都の暑い夏を少しでも涼しく過ごすためのしつらえです。例年では、中秋の名月は9月中にあるので、この夏のしつらえのまま、お月見の行事をすることになります。 そして十五夜の日が近づくと、家じゅうが月見のしつらえとなります。蔵から掛け軸を出してきて、居間、茶室、客室の床の間の軸を月見にふさわしいものに取り換え、の花は、ススキ、ハギ、キキョウ、クズ、フジバカマ、オミナエシ、ナデシコと秋の七草から選んで飾ります。

おまんじゅうとお抹茶の画像
茶室で居住まいを正し、満月に見立てた丸いおまんじゅうをお抹茶とともにいただく。

月見団子を食べる習慣はないという冨田屋ですが、月見の茶会では、月見のお菓子を用意して、お茶室で抹茶とともにいただきます。冨田屋では「芋名月のお月見茶会」として、町家でのお月見行事体験もできます。伝統の町家に身をおいて、月見の茶会で点心をいただきながら月見のよもやま話をするのも、風情がありそうです。

西陣 くらしの美術館
冨田屋

【住所】京都市上京区大宮通一条上ル
【電話】075-432-6701
【開館時間】10:00~17:00(無休・予約制)
【HP】http://www.tondaya.co.jp
● 芋名月会
9月20日~9月27日 ※予約は2名から。
【昼のコース】 10,000円(税別)
町家見学・しきたりのお話・芋名月式・お食事
【夜のコース】 10,000円(税別)
町家見学・芋名月式・お食事
【町家見学・しきたりのお話】2,000円(税別) 

「月は隈なきを見るものかは」と『徒然草』に書いたのは兼好法師。晴れれば隈なき月を愛で、曇れば月に叢雲(むらくも)の風情に感じ入り、翌日は少し遅れる十六夜(いざよい)の月を待ち……。京都人の名月の楽しみ方にならって、月夜を楽しんでみてください。

(取材・文/中岡ひろみ)

2020年お月見日程の画像

企画・構成=大村沙耶
おおむらさや●月刊『茶の間」編集部員。福岡県北九州市出身。学生時代は剣道に打ち込み、京都に住み始めてから茶道と着付けを習い始める。ミーハーだけど、伝統文化と自然を愛する超ポジティブ人間。